心にも降り積もる嘘の雪第1話
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五年前。久我言継(くが ことつぐ)は、泣きながら私に頭を下げた。
「幼馴染の子供を、産ませてやってほしい」
私は頷いた。条件は二つ。
彼女を海外へ送り、二度と帰国させないこと。そして、久我家の財産の半分を、私に譲ること。
世間は私を罵った。金目当ての女だと。久我家の財産だけが欲しいのだと。
言継は、その子を守るためなら、久我家全体を敵に回すことも厭わなかった。
――そして、五年後。
私は隣市への出張で、迷子の男の子を保護した。警察署で、家族に連絡を取らせる。
警官が男の子の言った番号にかけると、あの忘れられない声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ。怖くないからね、すぐパパが迎えに行くから」
三十分後。遥か彼方で商談中のはずの言継が、警察署に駆け込んできた。
ロビーの長椅子に座っていた私と、視線が合う。言継の動きが、止まった。
私は微笑んで、立ち上がる。
「言継、まさか浮気相手との間に子供までいたなんて。久我家の残り半分の財産、遠慮なくいただくわ」
* * *
五年前。久我言継(くが ことつぐ)は、泣きながら私に頭を下げた。
「幼馴染の子供を、産ませてやってほしい」
私は頷いたが、条件は二つ。
彼女を海外へ送り、二度と帰国させないこと。そして、久我家の財産の半分を、私に譲ること。
世間は私を罵った。金目当ての女だと。久我家の財産だけが欲しいのだと。
言継は、その子を守るためなら、久我家全体を敵に回すことも厭わなかった。
――そして、五年後。
私は隣市への出張で、迷子の男の子を保護した。警察署で、家族に連絡を取らせる。警官が男の子の言った番号にかけると、一生忘れられない声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ。怖くないからね、すぐパパが迎えに行くから」
三十分後。遥か彼方で商談中のはずの言継が、警察署に駆け込んできた。
ロビーの長椅子に座っていた私と、視線が合う。言継の動きが、止まった。
私は微笑んで、立ち上がる。
「言継、まさか浮気相手との間に子供までいたなんて。久我家の残り半分の財産も、遠慮なくいただくわ」
「椿(つばき)……話を聞いて……」
言継は子供を背後にかばった。その咄嗟の動作が、私の胸に突き刺さる。
「ここで話すことじゃない」
私は彼の言葉を遮り、バッグを手に取った。
「あの女に子供を迎えに来させて。私たちは別の場所で話しましょう」
「瑠璃は体が弱い……」
「瑠璃?」
私は彼を睨みつけた。
「今すぐおじい様に電話するか、弁護士に書面を送らせるか。どっちがいい?」
言継の口が、閉じる。私の手元にある協定書。それがあれば、言継を社長の座から引きずり降ろし、すべてを奪うことができる。
久我陽向(くが ひなた)という子供が、私に向かって叫んだ。
「悪い人!パパをいじめないで!」
子供の言葉は残酷だ。何も分からず、ただ思ったことを口にする。
言継は慌てて子供の口を押さえ、怯えた目で私を見た。
「よく躾けられているわね」
私は口元だけで笑う。
「水守瑠璃(みずもり るり)、海外行って何も身につけられなくても、人を陥れる術だけは磨き上げたようね」
そう言い捨てて、私は警察署を出た。外は、雪。激しく降る雪が、骨の髄まで凍みる。
ふっと五年前のことを思い出す。瑠璃が大きなお腹を抱えて、私の前に現れたあの日。
言継は目を真っ赤にして、私の前に跪いた。久我家は跡継ぎが少ない。この子に命をくれ、と。
あの時の私は、流産したばかりだった。体も心も、ボロボロだった。それでも、署名した。二つの条件を出して。
一つ、瑠璃と子供は海外へ。二度と帰国しないこと。
二つ、言継名義の久我グループ株式50%を、私名義に変更すること。
久我家のおじい様は、激怒した。杖で言継を殴り殺しかねない勢いだった。でも最終的には、私の怒りを鎮めるために黙認した。
言継は、あの時誓った。
「椿、俺が悪かった。愛してるのは君だけだ。金も命も、全部やる。彼女に産ませてくれさえすれば、一生君に尽くす」
この五年間。言継は、確かに約束を守ってきた。
どんなに忙しくても、毎日ビデオ通話。記念日には、必ずプレゼント。週末に私と過ごすために、億単位の契約を蹴ったこともある。
私は思っていた。時間が、すべてを癒してくれると。
……
雪が、止んだ。言継は運転手に子供を託し、先に帰らせた。でも自分は帰ろうとしない。私も、帰らせない。
警察署の隣のカフェで、向かい合って座る。
「椿……事情は、君が思ってるのとは違うんだ」
言継は両手を組み、額に当てた。低い声で、言葉を紡ぐ。
「瑠璃は……最初は確かに出国した。でも向こうで生活できなくて、陽向も喘息と心臓病で……
海外の医療費は高すぎる。彼女一人じゃ、とても払えない」
「だから迎え入れたの?」
私はコーヒーカップを手に取った。中身をゆっくりとかき混ぜる。
「迎え入れるだけじゃなく、久我グループの高級マンションに住まわせて。週に一度、会いに行ってるのよね。これって慈善活動?それとも囲ってるの?」
「子供に会いに行ってるだけだ!」
言継の声が、少し高くなる。
「椿、子供に罪はない。陽向は体が弱い。発作が起きる度にパパを呼ぶんだ。
俺に、どうしろって言うんだ?見殺しにしろって言うのか?」
「じゃあ私は?」
私は彼を見つめた。
「私が何も知らされず、馬鹿みたいに騙されてるのは?それは見殺しにしていいの?」
私はカップを置いた。
「あなた、彼らを私の前に連れてこなければ、契約違反にならないとでも思ってた?あの時の誓いは、何だったの?」
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