後悔は、雪になって第2話
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公園へ着いてからというもの、仁は終始清美の世話を焼いていた。
階段では彼女の腕を支え、ラムネを買えば先に瓶の栓を開けて手渡す。
湖畔を歩くときも、無意識に湖側を自分が歩き、清美を内側へ庇っていた。
「里奈」
ふいに振り返り、彼は言い訳するように口を開く。
「恩師には本当に世話になったんだ。あの人がいなければ、今の俺はない。清美はその人のたった一人の娘だから......ちゃんと面倒を見てやりたい。もう......気にしないでくれ」
里奈は何も答えなかった。
ただ二人の後ろを歩きながら、仁の背中を見つめる。
制服姿の彼は肩幅が広く、腰は引き締まり、松の木のように真っ直ぐだった。
通り過ぎるたび、若い娘たちがこっそり見惚れている。
けれど本人は気づきもしない。
その意識はすべて清美へ向けられていた。
正式な婚約者である自分ですら、ただの添え物みたいだった。
貸しボート乗り場へ着くと、仁は三人乗りの小舟を借りた。
「清美はボートに乗ったことないから。せっかくだし、体験させてやりたい」
そう言いながら、まず清美を慎重に船へ乗せる。
里奈は自分で跨いで乗り込んだ。
小さな船だった。
三人で乗ると少し窮屈だ。
仁がオールを握り、清美はその向かい、里奈は船尾へ座る。
湖面は静かで、陽射しを受けて水面がきらきらと揺れていた。
湖の中央まで来た頃、里奈は足元に違和感を覚えた。
視線を落とすと、船底の継ぎ目から水が滲み出している。
量は多くないが、確実に漏れていた。
「仁」
嫌な予感を覚え、彼女は眉を寄せる。
「この船、水が漏れてる」
仁はオールを止め、腰を屈めて確認した。
その瞬間だった。
船体が大きく揺れ、亀裂が一気に広がる。
大量の水が勢いよく流れ込んできた。
「沈む......!」
清美が悲鳴を上げ、船縁へしがみつく。
仁は即座に判断した。
「清美、俺と泳いで岸へ戻る。里奈は船で待ってろ。清美を岸まで送ったら、すぐ戻る」
里奈は信じられないという目で彼を見る。
「彼女は泳げるのに、私は泳げないのよ?本気でそれを言ってるの?」
湖水はすでに膝まで達していた。
氷のように冷たい。
仁は清美の重いコートを脱がせながら、急ぎ口調で言う。
「清美は泳げても、足がつったり、体力が尽きたりしたら危険だ。お前は船に乗っていれば、まだ少しは持つ。すぐ戻るから」
「仁――」
「言うことを聞け!」
彼は反論する時間すら与えなかった。
清美の手を掴むと、そのまま湖へ飛び込む。
里奈は、二人が岸へ向かって泳いでいくのを呆然と見つめていた。
水位はどんどん上がり、船体はゆっくり沈み始める。
彼女は必死に船縁へしがみついた。
爪が白くなるほど力を込めながら。
凍えるような湖水に全身が震える。
それでも彼女の視線はずっと岸辺へ向けられていた。
仁は泳ぎが速かった。
ほどなくして清美を浅瀬まで送り届ける。
彼女を支えながら立ち上がると、すぐ湖へ戻ろうとした――
だが、その腕を清美が掴んだ。
距離が遠く、何を話しているのかは聞こえない。
見えたのは、寒さに震える清美の姿だけだった。
仁は慌てて自分の制服の上着を脱ぎ、彼女へ掛ける。
それでも清美は首を横に振った。
仁は一瞬迷い、それから腕を広げて彼女を抱きしめた。
耳元で何か囁くと、清美は小さく頷き、そのまま彼の胸へ顔を埋める。
両腕はしっかり彼の腰へ回されていた。
仁は、もう動かなかった。
膝まで浸かる湖水の中で、沈みゆく小舟へ背を向けたまま、ただ清美を抱きしめている。
その光景を見た瞬間、里奈はふと思った。
――ああ、湖の水って、こんなに冷たくなかったんだ。
心が死んでしまえば、人はもう温度を感じないらしい。
船底の裂け目はさらに広がり、水はとうとう胸元まで達した。
もう仁は戻ってこない。
そう悟った彼女は深く息を吸い、近くの浮木へ手を伸ばそうとする。
だが泳げない彼女は水の中でもがくだけで、次の瞬間、冷たい湖水が一気に口と鼻を塞いだ。
水が肺へ流れ込み、息ができない。
喉を締めつける窒息感。
肺が焼けるように痛む。
意識が途切れる直前、彼女は最後に岸辺を見た。
あの二人は、まだ抱き合っていた。
......
里奈が目を覚ました時、視界に映ったのは病院の真っ白な天井だった。
喉も肺も焼けただれたように痛み、激しく咳き込む。
「里奈!」
すぐ耳元で仁の声がした。
彼はベッド脇に座っていた。
制服は濡れたままで、まだ着替えていない。
髪からも水滴が落ち、額に張りついている。珍しくひどく狼狽した様子だった。
彼女が起き上がろうとすると、慌てて身体を支えようと手を伸ばす。
だが里奈は避けた。
その手を布団の中へ引っ込め、指一本触れられることすら拒む。
仁の動きが止まった。
彼はゆっくり手を引っ込め、声を和らげる。
「そう怒らないでくれ。当時、清美を岸へ上げたあと、彼女が寒さで震えていて......だから俺は......」
「知ってる」
里奈は掠れた声で遮った。
「だからもう説明しなくていい」
仁は言葉を失った。
用意していた弁解が喉につかえ、その先が出てこない。
いっそ以前みたいに泣いて責めてくれた方がよかった。
怒鳴って、殴ってくれた方がまだましだった。
少なくとも、それは彼女がまだ傷ついている証だったから。
けれど今の彼女は、あまりにも静かだった。
まるで何も映さない、濁っている水面のように。
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