後悔は、雪になって第3話
この話は約1794字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「......怒って、ないのか?」
仁は探るように問いかけた。
里奈はゆっくり顔を向ける。
その瞳は空っぽだった。
「仁はもう、説明してくれたんでしょう?だから怒る理由ないじゃない」
その瞬間、仁の胸が理由もなくざわついた。
ちょうどその時、病室の扉が開く。
目を赤くした清美が入ってきた。
彼女はすでに乾いた服へ着替え、髪も整えている。
手にはリンゴの入った袋を提げていた。
「里奈さん、目が覚めたんですね!」
彼女は慌ててベッド脇へ駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「体の方は大丈夫ですか?本当に怖かった......ごめんなさい。全部、私のせいです。私が――」
「清美」
仁が口を挟んだ。
「あれは清美のせいじゃない。謝る必要はない」
清美は一瞬きょとんとしたあと、柔らかく笑う。
「じゃあ、湯たんぽにお湯入れてきますね。里奈さん、湖に落ちて身体が冷えてるだろうし、温めないと」
仁は頷いた。
「俺は食堂で何か買ってくる」
彼は一度里奈を見た。
何か言いたげだったが、結局そのまま病室を出て行く。
部屋には二人だけが残った。
清美は洗面所で湯たんぽへお湯を入れ始める。
ざあざあと水音が響いていた。
しばらくして、熱湯の入った湯たんぽを持って戻ってくる。
だが彼女はそれを里奈へ渡さなかった。
ベッド脇に立ったまま、手の中のゴム製の湯たんぽを見下ろしている。
「里奈さん」
彼女は小さな声で言った。
「湯たんぽって、面倒ですよね。ちょっと温まるまで時間もかかるし。
実はもっと早く、身体全部を温める方法があるんです」
里奈が意味を理解する前に――
清美は突然、湯たんぽの栓を捻った。
次の瞬間、沸きたての熱湯がそのまま里奈の胸元へ浴びせかけられる。
「――っ、ああぁっ!!」
激痛が一瞬で全身を貫いた。
里奈は悲鳴を上げ、ベッドの上で跳ね起き、そのまま重く倒れ込む。
熱湯は入院着を一気に濡らし、皮膚を剥ぎ取るような灼ける痛みが広がった。
目の前が真っ黒になり、息もできない。
もがいた拍子にベッドから転げ落ち、頭を棚の角へ強く打ちつける。
そこで意識は完全に途切れた。
再び目を覚ました時には、外はもう夜になっていた。
病室には小さな明かりが一つだけ灯っている。
仁がベッド脇に座り、彼女の手を握っていた。
目を開けたのに気づくと、彼はすぐ身を乗り出す。
「里奈、まだ痛むか?医者が言ってた、火傷はかなり酷いって......ちゃんと治療しないと――」
里奈は手を引き抜いた。
その動きだけで胸の傷が引きつり、痛みに息を呑む。
それでも歯を食いしばりながら問いただした。
「あの女は?!」
仁の表情が一瞬だけ固まる。
「清美なら......」
彼は言葉を選ぶように視線を逸らした。
「誰かの看病は初めてなんだから不器用で、つい湯たんぽを持ち損ねて......その、事故みたいなもので。本人も反省してるし、かなり怯えてた。だから先に帰らせた」
里奈は彼を見つめた。
10年以上愛してきた男。
この先、一生を共にすると信じていた相手。
なのに今は、頭から冷水を浴びせられたみたいに、全身が凍えていく。
「私は全身火傷したのよ」
彼女の声は震えていた。
痛みのせいなのか、それとも別の感情なのか、自分でも分からない。
「それなのに、『事故』の一言で終わり?当時何があったのか、私に聞こうともしないの?」
「里奈、清美はまだ若いんだ......」
「それでもちゃんと成人した大人でしょ?!」
里奈は堪えきれず叫んだ。
涙がとうとう頬を伝い落ちる。
「間違ったことをしたなら、相応の代償を受けるべきでしょ?どうしてあの子だけ許されるの?彼女のお父さんが仁に恩があるから?泣けば守ってもらえるから?」
彼女は泣きながら声を震わせた。
「あなたは義理も人情も大事にする。でも、一度でも私を婚約者として大切にしたことがある?私がどれだけ苦しかったか、本当に分かってる?何度あなたを待って、何度期待して、そのたびどれだけ失望したと思ってるの?」
涙が火傷した胸元へ落ち、鋭い痛みが突き刺さる。
「あの子の就職に付き添って、10回も私に会わなかった......その10回が、私にとってどんな意味だったか知ってる?あの10回のせいで、お父さんは――」
「もういい」
仁が眉を寄せ、彼女の言葉を遮った。
「まだ前の件で怒ってるのは分かってる。会わなかったのは俺が悪かった。でもお前の父親の件は、もう解決しただろ。これ以上騒いでも、誰のためにもならないぞ」
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