和紙文後悔は、雪になって · 第1話設定≡

後悔は、雪になって第1話

この話は約2718字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

里奈の父親が痴漢の濡れ衣を着せられて逮捕されたあと、彼女は10回も仁に面会を求めた。

けれど、一度として会えなかった。

ほどなくして判決が下る。

父親は強制わいせつの罪で有罪となり、僻地へ送られることになった。

そして犯罪者の娘である里奈もまた、地元の組織の決定で見知らぬ田舎の男との縁談を押しつけられ、7日後には父親とともに地方へ移住することになった。

薄暗い部屋の中で、父親は肩を震わせながら泣いていた。

「里奈、すまなかった......父さんがお前を巻き込んでしまった......仁のところへ行け。あいつはあんなにお前を大事にしてたんだ、放っておくはずがない......きっと何とかしてくれるはずだ......」

だが里奈は泣かなかった。

父親の残した数少ない古い衣服を丁寧に畳み、色褪せた青い布製のバッグへ詰め込む。

感情を押し殺したような静かな声だった。

「行っても無駄よ。この数日、もう十分すぎるほど会いに行ったから」

「でもお前たちは婚約してるじゃないか!」

父親は痩せ細った手で彼女の腕を掴む。

「仁はお前のことを本当に好きだった。事情を知ればきっと......」

「もういいの、お父さん」

里奈はその言葉を遮り、窓の外へ視線を向けた。

「私の中では、もう終わったことだから。向こうへ行ったら、二人でちゃんと暮らそう」

* * *

村越里奈(むらこし りな)の父親が痴漢の濡れ衣を着せられて逮捕されたあと、彼女は10回も岩田仁(いわだ ひとし)に面会を求めた。

けれど、一度として会えなかった。

ほどなくして判決が下る。

父親は強制わいせつの罪で有罪となり、地方の開拓地へ送られることになった。

そして犯罪者の娘である里奈もまた、地元の組織の決定で見知らぬ田舎の男との縁談を押しつけられ、7日後には父親とともに地方へ移住することになった。

薄暗い部屋の中で、父親は肩を震わせながら泣いていた。

「里奈、すまなかった......父さんがお前を巻き込んでしまった......仁のところへ行け。あいつはあんなにお前を大事にしてたんだ、放っておくはずがない......きっと何とかしてくれるはずだ......」

だが里奈は泣かなかった。

父親の残した数少ない古い衣服を丁寧に畳み、色褪せた青い布製のバッグへ詰め込む。

感情を押し殺したような静かな声だった。

「行っても無駄よ。この数日、もう十分すぎるほど会いに行ったから」

「でもお前たちは婚約してるじゃないか!」

父親は痩せ細った手で彼女の腕を掴む。

「仁はお前のことを本当に好きだった。事情を知ればきっと......」

「もういいの、お父さん」

里奈はその言葉を遮り、窓の外へ視線を向けた。

「私の中では、もう終わったことだから。向こうへ行ったら、二人でちゃんと暮らそう」

その声があまりにも穏やかだったせいで、父親は一瞬言葉を失い、そのあとさらに激しく泣き出した。

翌朝。

仁がやって来た。

きっちりとした黒い制服を身にまとい、肩章が朝日に冷たく光っている。

扉を開けた瞬間、外の風が吹き込み、荒れ果てた小さな家にはまるで似つかわしくないほど、彼は相変わらず端正で凛としていた。

「里奈」

低い声で彼は呼ぶ。

「この数日、清美の就職のことで動き回ってたんだ。それで......叔父さんの件を今日になって初めて知った」

里奈は背を向けたまま、最後のマフラーを鞄へ押し込む。

仁は彼女の後ろへ歩み寄り、肩に触れようとして、途中でその手を止めた。

「俺に任せてくれ。今からでも人を当たって再調査してもらう。叔父さんは真面目な人だ、あれは絶対に冤罪だ」

里奈は振り返り、長年愛してきたその顔を見つめた。

二人は幼なじみだった。

路地裏を裸足で走り回り、一緒に蜻蛉を追いかけた幼い頃。

思春期になって、不器用に初めて彼女の手を握った彼。

先に想いを伝えてきたのも彼。

毎日学校帰りを待っていたのも彼。

街路樹の下で顔を真っ赤にしながらプロポーズしたのも彼だった。

彼女はかつて、仁にとってたった一人の特別な女の子だった。

一生守ると、彼は確かに言ったのだ。

けれど半年前、恩師の娘である吉岡清美(よしおか きよみ)が都会へ頼って来てから、すべてが変わってしまった。

義理堅い仁は、亡き恩師からの頼みを何より重く受け止めていた。

清美の住む場所を手配し、街に慣れるまで付き添い、就職先探しのために奔走する。

清美と映画を見るために、彼は里奈の誕生日会を欠席した。

熱を出した清美を病院へ連れて行くため、彼女の母親の命日にも現れなかった。

そして今度は清美の就職活動のために、父親の人生がかかった10度の面会願いさえ、一度も応じなかった。

――もう、いい。

里奈は心の中で呟く。

これから先、彼は彼で義理を尽くせばいい。

自分は自分で、見知らぬ男のもとへ行くだけだ。

「もういいの」

彼女は静かに言った。

「全部、終わったから」

仁は一瞬目を見開き、それからほっとしたように表情を緩めた。

「解決したのか?それなら良かった」

彼は彼女の手から鞄を取ろうとする。

「この数日苦労したんだろ。ちょうど今日は時間があるんだ、気分転換に公園へ行こう。里奈、湖畔の柳が好きだったろ?そろそろ芽吹く頃だ」

「行かない」

里奈は手を引こうとした。

だが仁はさらに強く握り返し、いつもの穏やかな口調で言う。

「拗ねるなよ。行こう」

その力は強く、半ば無理やり彼女を外へ連れ出した。

家の前には、深緑色のジープが停まっている。

里奈は後部座席へ押し込まれ、ドアが閉まる瞬間、助手席にすでに座っている清美の姿を見た。

淡いピンクのセーターに、二つ結びの髪。

清楚で愛らしい雰囲気だった。

彼女は振り返り、にこりと笑う。

「里奈さん、こんにちは」

仁は運転席へ乗り込み、エンジンをかけながら説明した。

「清美も今日は予定がないんだ。一緒に気分転換しようと思って。まだこっちに来て日が浅くて友達も少ないから、少し付き合ってやってくれ」

里奈は黙ったままだった。

すると清美が遠慮がちに口を開く。

「里奈さん......この数日、お父様の件でずっと仁さんを探してたって聞きました。本当にごめんなさい。仁さん、ずっと私の面接に付き添ってくれていて......もっと早く里奈さんのところへ行ってもらうべきでした」

「君が謝る必要はない」

仁はすぐに言葉を挟み、バックミラー越しに里奈を見た。

「俺が自分から言い出したことだ。それに、彼女の父親の件はもう解決したんだ。気にするな」

――解決した。

里奈は窓の外へ目を向ける。

枯れ木が次々と後ろへ流れていった。

そう。

全部、解決したのだ。

父親は有罪となり、自分は望まぬ結婚を押しつけられ、7日後には20年間暮らしたこの街を離れる。

たしかに、きれいに「解決」していた。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)