後悔は、雪になって第1話
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里奈の父親が痴漢の濡れ衣を着せられて逮捕されたあと、彼女は10回も仁に面会を求めた。
けれど、一度として会えなかった。
ほどなくして判決が下る。
父親は強制わいせつの罪で有罪となり、僻地へ送られることになった。
そして犯罪者の娘である里奈もまた、地元の組織の決定で見知らぬ田舎の男との縁談を押しつけられ、7日後には父親とともに地方へ移住することになった。
薄暗い部屋の中で、父親は肩を震わせながら泣いていた。
「里奈、すまなかった......父さんがお前を巻き込んでしまった......仁のところへ行け。あいつはあんなにお前を大事にしてたんだ、放っておくはずがない......きっと何とかしてくれるはずだ......」
だが里奈は泣かなかった。
父親の残した数少ない古い衣服を丁寧に畳み、色褪せた青い布製のバッグへ詰め込む。
感情を押し殺したような静かな声だった。
「行っても無駄よ。この数日、もう十分すぎるほど会いに行ったから」
「でもお前たちは婚約してるじゃないか!」
父親は痩せ細った手で彼女の腕を掴む。
「仁はお前のことを本当に好きだった。事情を知ればきっと......」
「もういいの、お父さん」
里奈はその言葉を遮り、窓の外へ視線を向けた。
「私の中では、もう終わったことだから。向こうへ行ったら、二人でちゃんと暮らそう」
* * *
村越里奈(むらこし りな)の父親が痴漢の濡れ衣を着せられて逮捕されたあと、彼女は10回も岩田仁(いわだ ひとし)に面会を求めた。
けれど、一度として会えなかった。
ほどなくして判決が下る。
父親は強制わいせつの罪で有罪となり、地方の開拓地へ送られることになった。
そして犯罪者の娘である里奈もまた、地元の組織の決定で見知らぬ田舎の男との縁談を押しつけられ、7日後には父親とともに地方へ移住することになった。
薄暗い部屋の中で、父親は肩を震わせながら泣いていた。
「里奈、すまなかった......父さんがお前を巻き込んでしまった......仁のところへ行け。あいつはあんなにお前を大事にしてたんだ、放っておくはずがない......きっと何とかしてくれるはずだ......」
だが里奈は泣かなかった。
父親の残した数少ない古い衣服を丁寧に畳み、色褪せた青い布製のバッグへ詰め込む。
感情を押し殺したような静かな声だった。
「行っても無駄よ。この数日、もう十分すぎるほど会いに行ったから」
「でもお前たちは婚約してるじゃないか!」
父親は痩せ細った手で彼女の腕を掴む。
「仁はお前のことを本当に好きだった。事情を知ればきっと......」
「もういいの、お父さん」
里奈はその言葉を遮り、窓の外へ視線を向けた。
「私の中では、もう終わったことだから。向こうへ行ったら、二人でちゃんと暮らそう」
その声があまりにも穏やかだったせいで、父親は一瞬言葉を失い、そのあとさらに激しく泣き出した。
翌朝。
仁がやって来た。
きっちりとした黒い制服を身にまとい、肩章が朝日に冷たく光っている。
扉を開けた瞬間、外の風が吹き込み、荒れ果てた小さな家にはまるで似つかわしくないほど、彼は相変わらず端正で凛としていた。
「里奈」
低い声で彼は呼ぶ。
「この数日、清美の就職のことで動き回ってたんだ。それで......叔父さんの件を今日になって初めて知った」
里奈は背を向けたまま、最後のマフラーを鞄へ押し込む。
仁は彼女の後ろへ歩み寄り、肩に触れようとして、途中でその手を止めた。
「俺に任せてくれ。今からでも人を当たって再調査してもらう。叔父さんは真面目な人だ、あれは絶対に冤罪だ」
里奈は振り返り、長年愛してきたその顔を見つめた。
二人は幼なじみだった。
路地裏を裸足で走り回り、一緒に蜻蛉を追いかけた幼い頃。
思春期になって、不器用に初めて彼女の手を握った彼。
先に想いを伝えてきたのも彼。
毎日学校帰りを待っていたのも彼。
街路樹の下で顔を真っ赤にしながらプロポーズしたのも彼だった。
彼女はかつて、仁にとってたった一人の特別な女の子だった。
一生守ると、彼は確かに言ったのだ。
けれど半年前、恩師の娘である吉岡清美(よしおか きよみ)が都会へ頼って来てから、すべてが変わってしまった。
義理堅い仁は、亡き恩師からの頼みを何より重く受け止めていた。
清美の住む場所を手配し、街に慣れるまで付き添い、就職先探しのために奔走する。
清美と映画を見るために、彼は里奈の誕生日会を欠席した。
熱を出した清美を病院へ連れて行くため、彼女の母親の命日にも現れなかった。
そして今度は清美の就職活動のために、父親の人生がかかった10度の面会願いさえ、一度も応じなかった。
――もう、いい。
里奈は心の中で呟く。
これから先、彼は彼で義理を尽くせばいい。
自分は自分で、見知らぬ男のもとへ行くだけだ。
「もういいの」
彼女は静かに言った。
「全部、終わったから」
仁は一瞬目を見開き、それからほっとしたように表情を緩めた。
「解決したのか?それなら良かった」
彼は彼女の手から鞄を取ろうとする。
「この数日苦労したんだろ。ちょうど今日は時間があるんだ、気分転換に公園へ行こう。里奈、湖畔の柳が好きだったろ?そろそろ芽吹く頃だ」
「行かない」
里奈は手を引こうとした。
だが仁はさらに強く握り返し、いつもの穏やかな口調で言う。
「拗ねるなよ。行こう」
その力は強く、半ば無理やり彼女を外へ連れ出した。
家の前には、深緑色のジープが停まっている。
里奈は後部座席へ押し込まれ、ドアが閉まる瞬間、助手席にすでに座っている清美の姿を見た。
淡いピンクのセーターに、二つ結びの髪。
清楚で愛らしい雰囲気だった。
彼女は振り返り、にこりと笑う。
「里奈さん、こんにちは」
仁は運転席へ乗り込み、エンジンをかけながら説明した。
「清美も今日は予定がないんだ。一緒に気分転換しようと思って。まだこっちに来て日が浅くて友達も少ないから、少し付き合ってやってくれ」
里奈は黙ったままだった。
すると清美が遠慮がちに口を開く。
「里奈さん......この数日、お父様の件でずっと仁さんを探してたって聞きました。本当にごめんなさい。仁さん、ずっと私の面接に付き添ってくれていて......もっと早く里奈さんのところへ行ってもらうべきでした」
「君が謝る必要はない」
仁はすぐに言葉を挟み、バックミラー越しに里奈を見た。
「俺が自分から言い出したことだ。それに、彼女の父親の件はもう解決したんだ。気にするな」
――解決した。
里奈は窓の外へ目を向ける。
枯れ木が次々と後ろへ流れていった。
そう。
全部、解決したのだ。
父親は有罪となり、自分は望まぬ結婚を押しつけられ、7日後には20年間暮らしたこの街を離れる。
たしかに、きれいに「解決」していた。
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