彼は想い人のために、死んだ私の心臓を奪う?第3話
この話は約1960字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
詩音は悠真の胸へ身を寄せ、小さく唇を震わせた。
「でも……美咲さんはあの事故のとき……私を助けようとして……」
悠真はその言葉を最後まで聞かず、首を横へ振った。
「君のせいじゃない。あれはあいつが勝手に飛び出しただけだ。
それに、美咲は俺のためなら何でもする女だった。君を守るくらい、あいつなら当然する」
その言葉を聞いても、もう胸は痛まなかった。
ただ、氷のように冷え切っていくだけだった。
私の命でさえ、悠真にとっては、その程度の価値しかなかった。
そのとき、悠真のスマホが鳴った。病院からだった。
「神崎さんですね。申し訳ありませんが、一ノ瀬さんの容体があまり思わしくありません。適合するドナーが見つからなければ、かなり厳しい状況です」
電話を切った悠真の表情は、さらに険しくなった。
悠真はそのまま、積み上げられた私の荷物へ歩み寄った。
まるで何かを探すように、1つひとつ箱を開け始めた。
やがて、古びた紙箱の底から銀行のキャッシュカードと1冊の日記帳を取り出した。
キャッシュカードは、昔、悠真が「生活費に使え」と言って渡してくれたものだった。
けれど私は、1円も使わなかった。
後になって、「あれは貸した金だ。ちゃんと返せ」と言われたからだ。
そして、その日記には、悠真との日々が綴られていた。
初めて出会った日のこと。
初めて名前を呼んでもらえた日のこと。
笑ってくれた日のこと。
傷つく言葉を向けられた日のこと。
どんな些細な出来事も、私は大切に書き残していた。
悠真は日記を開き、黙ったままページをめくっていった。読み進めるたび、その眉間には少しずつ深い皺が刻まれていった。
「こんなもん、いちいち書いてたのか」
詩音も隣からのぞき込み、小さく声を上げた。
「悠真、ここ……」
開かれたページには、私の字でこう綴られていた。
【今日も悠真が笑ってくれた。少しだけでも、私のことを好きになってくれていたらいいな】
悠真はしばらくその文字を見つめていた。
やがて、無言で日記を閉じた。
「……くだらない」
そう吐き捨てながらも、日記だけはポケットへしまった。
そして、3日の期限が過ぎても、私は姿を現さなかった。
悠真の怒りは、ついに限界に達した。
私の荷物を庭へ運び出させると、一か所へ積み上げた。
詩音は不安そうに声をかけた。
「悠真……もうやめよう?こんなことしなくても……」
悠真は何も答えず、ライターを取り出して火をつけた。
小さな炎は古びた服へ燃え移り、あっという間に勢いを増していった。
私の青春が詰まったものたちは、次々と灰になっていった。
それを見つめることしかできない私は、胸の奥が重く塞がれていくのを感じていた。
そして、悠真はスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけた。
「白石美咲を探せ。何としてでも見つけ出せ」
炎はさらに大きく燃え上がった。その赤い光が、悠真の影を長く地面へ伸ばしていた。
悠真は燃え盛る炎を見つめたまま、低く吐き捨てた。
「美咲、見てるんだろ。俺を怒らせたらどうなるか、よく覚えとけ」
詩音は小さく咳き込み、悠真の袖へそっと手を伸ばした。けれど悠真は、気づかないまま身を引いた。
詩音の瞳に、一瞬だけ寂しさがよぎった。それでもすぐに笑顔を取り繕った。
「悠真……少し、寒いね。中へ入ろう?」
悠真はようやく我に返ると、自分のジャケットを脱いで詩音の肩へ掛けた。
「もう少しだ。全部燃えたら帰ろう」
そう言って炎へ視線を戻した。
「どうせ、俺の気を引きたいだけだ。死んだふりまでして……くだらない」
詩音はジャケットを抱き寄せ、小さく目を伏せた。
「でも……美咲さんも、苦しかったのかもしれないよ。だって、あの頃の悠真は……私のことばかり気にかけてくれてたから……」
悠真は鼻で笑った。
「だから何だ。俺を好きだったなら、そのくらい受け入れられたはずだ。病気の君を優先するのは当たり前だろ。
その程度で拗ねて、死んだふりまでして俺を試そうなんて、本当に面倒な女だ」
詩音は唇を噛み、涙をこらえるようにうつむいた。
「でも……昔の美咲さん、私にも本当に良くしてくれてたの。
朝ごはんも作ってくれたし、お花の水やりまで代わってくれたりして……
だから……私のせいで、こんなふうになっちゃったのかなって、時々思うの」
悠真は吐き捨てるように笑った。
「全部、見せかけだ。あいつは昔からそういう女だ。おとなしい顔して、腹の中じゃ何考えてるか分かったもんじゃない。
この前だって、君が入院したとき、君がアレルギーを起こす薬を、わざと薬箱に紛れ込ませただろ。俺が気づかなかったら、どうなってたか分からない。
ああいうことを平気でやる女なんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、思わず笑いそうになった。
詩音はペニシリンアレルギーだった。
そのことは分かっている。けれど、私はこれほど悪質な真似をするのが絶対にありえない。
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