彼は想い人のために、死んだ私の心臓を奪う?第1話
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白石美咲(しらいし みさき)――それが、私の名前だった。
死んでから、5年。
そして今日、私がずっと想い続けた人、神崎悠真(かんざき ゆうま)が、ようやく私の眠る墓を訪れた。
理由は、ただ1つ。
彼の最愛の女性が、心臓移植を必要としていたからだった。
悠真は、私が生前に署名した臓器提供の同意書の写しを手に、風雨にさらされ、名前さえ読めなくなった私の墓石の前に立っていた。
霊園の管理人は、その様子を見かねて声をかけた。
「兄ちゃんよ、この子はもう5年前に亡くなったんだ。交通事故で、その場で即死だったんだ。遺体もひどい状態でな……いったい何の用なんだ?」
しかし、悠真には管理人の声など届いていなかった。
「……美咲はどこだ。今すぐ俺の前に連れてこい」
低く押し殺した声だった。
管理人は目を丸くし、困ったようにため息をついた。
「何を言ってるんだ。もう火葬も終わってる。ここにいるはずがないだろう。
葬式のときだって、ご両親は来なかった。この墓も、大学の友達が金を出し合って建ててくれたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、悠真は勢いよく顔を上げた。
瞳には、凍てつくような怒りが宿っていた。
「……嘘だ。あいつが俺を置いて勝手に死ぬはずがない」
悠真は管理人を鋭く睨みつけた。
「あいつに伝えろ。3日以内に俺の前へ現れなければ、あいつのヤバい写真を全部ネットに晒す。後で泣いても知らないからな」
「……写真だって?」
管理人は困ったように眉をひそめた。
「あの子は、生きてる頃、新しい服1着買うのさえ我慢してた子なんだ。派手な遊びなんてするような子じゃなかった。
そんな子が、人に知られたくないような写真を撮るとは思えないな……」
* * *
「いつまで隠れてるつもりだ!」
そう吐き捨てると、悠真は私が暮らしていたアパートのドアを乱暴に蹴り開けた。
長い間、人の出入りがなかった部屋には、埃がうっすらと積もっていた。
ドアが開いた拍子に、それが陽の光の中へふわりと舞い上が上がった。
悠真は思わず眉をひそめた。
その後ろには、一ノ瀬詩音(いちのせ しおん)が寄り添うようについてきていた。
悠真にかばわれるように肩を抱かれ、青白い顔で小さく咳き込んだ。
「悠真……もう、やめよう?私は大丈夫だから……」
悠真はすぐに振り返り、優しく微笑んだ。
「詩音は気にしなくていいよ」
その声は、私が一度だって向けられたことのないほど優しかった。
「美咲のやつ……どこかに隠れれば、俺から逃げられると思ってるのか」
悠真はそう言うと、部屋の中へゆっくりと視線を巡らせた。やがて、その目が机の上で止まった。
そこには、少し色あせた写真立てが置かれていた。
あれは、私と悠真が並んで写った、たった1枚の写真だった。
誰にも見つからないよう、私は5年間ずっと大切にしまってきた。
悠真は写真を手に取ると、小さく鼻で笑った。
「姿をくらましたつもりか……相変わらず安っぽい芝居だな」
そのとき、物音を聞きつけた隣のおばさん――佐藤節子(さとう せつこ)が玄関先から顔をのぞかせた。
「あら、どうしたの?」
悠真は写真から目を離さないまま答えた。
「白石美咲を探してる」
「美咲ちゃん?あの子なら、もう5年前に交通事故で亡くなったよ」
その言葉に、詩音の目がかすかに揺れた。
けれどすぐに視線を落とし、遠慮がちに口を開いた。
「そんな……何かの間違いじゃ……少し前まで、私と電話で話してたんです」
節子は2人をじっと見比べると、あきれたようにため息をついた。
「間違えるはずないよ。あの日のことは、今でも忘れられないよ。
警察の人と一緒に、ご家族へ何度も電話したんだ。でも、誰も来なかった。最後まで来てくれたのは、大学のお友達だけだったよ。
お葬式まであの子たちが全部やってくれてね……本当に、美咲ちゃんは気の毒だった」
悠真の表情は、みるみる険しくなっていった。
「お前に何が分かる!美咲が俺を置いて死ぬはずない!全部、俺を振り向かせるための芝居に決まってる!」
節子は思わず言葉を失った。
しばらく黙り込んでいたが、やがて深くため息をついた。
「その言葉、5年前にここへ来て言ってくれたらよかったのにね……
美咲ちゃん、自分のことなんて何ひとつ贅沢しなかった。毎日節約して、お金を貯めてたんだよ。あんたにブランドの腕時計を贈るためにね」
節子は小さく首を振った。
「それなのに、その時計は別の子に渡したんでしょう」
悠真の表情がわずかに強張った。
だが、それもほんの一瞬だった。次の瞬間には、冷たく言い放った。
「……お前には関係ないだろう。
美咲に伝えろ。3日以内に姿を見せなければ、あいつの荷物は全部処分する」
節子は一歩前へ踏み出した。
「あんたに、あの子の物を捨てる資格なんてない!
美咲ちゃんはね、雨の中、3時間もあなたを待ってた。あなたに渡す腕時計を、大事そうに抱えてね。あの時あんたは、今お隣にいるその子と一緒にいたんでしょう。
美咲ちゃんが待ってることなんて、これっぽっちも気づかなかった」
詩音は不安そうに悠真の腕をつかんだ。
「悠真……もういいよ。ねぇ、帰ろう?」
「帰る?」
悠真はその手を乱暴に振り払った。
「あいつが出てくるまで、俺は帰らない!こんな芝居で俺が揺らぐと思うな!俺が後悔するとでも思ったのか?笑わせるな!」
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