幾千の波を越えて、私の人生はまだ遅くない第3話
この話は約1789字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
侑斗の目は血走っていた。まるで修羅のようだった。
「咲希、真央が自殺した。お前のあの一言のせいで」
私はその場で立ち尽くした。
「……何を言ってるの?」
彼は取り乱したまま、怒鳴りつけてきた。
「出産したばかりで精神的に不安定だって分かってただろ。なのに、どうしてあいつを刺激した!」
私が口を開くより先に、彼は私を車へ押し込んだ。
「お前もあいつもRhマイナスAB型だ。あいつを助けられるのはお前だけだ!」
彼は赤信号をいくつも無視して車を飛ばし、そのまま私を病院へ引きずっていった。
「先生、この人はRhマイナスAB型です。献血できます!」
そう言う彼の体は、小刻みに震えていた。
あんなに取り乱した侑斗を、私は見たことがなかった。
私はただ呆然とそこに立ち尽くし、頭の中は真っ白だった。
糸の切れた操り人形みたいに、彼に引かれるまま採血室へ連れていかれた。
乱暴に袖をまくられても、何の反応もできなかった。
頭の中にあるのは、真央のことで取り乱し、焦りきっている侑斗の姿ばかりだった。
その時、耳元で医者の声がした。
「申し訳ありません。この方は妊娠されていますので、献血はできません」
私は茫然としながら、自分の腹にそっと手を当てた。
次の瞬間、侑斗の怒鳴り声が響いた。
「いいから血を採れ!子どもなんかいらない、俺が欲しいのは真央だけだ!」
全身の血が一瞬で凍りついたようだった。なのに涙だけが、何の前触れもなく溢れ出した。
「侑斗……この子は、あなたの実の子なのよ」
それでも彼は叫び続け、看護師に無理やり採血するよう命じた。
「侑斗――」
「侑斗!」
「私の子に手を出さないで!」
私は針を引き抜き、身をひるがえして逃げた。
けれど一歩踏み出したところで、すぐに押さえつけられた。
侑斗は、完全に正気を失っているようだった。
彼は私の顔を両手で挟み、声だけは静かなのに、ぞっとするほど冷たく言った。
「咲希、真央のために血を出せ」
私は四人のボディガードに押さえつけられ、採血室に縫いとめられた。
何本もの採血管が、私の体から血を奪っていく。
それはそのまま、真央の救命処置室へ運ばれていった。
私の顔色は少しずつ青白くなっていった。
そしてついに耐えきれなくなり、そのまま床へ倒れ込んだ。
目を覚ました時には、三日が過ぎていた。
医者は言葉を選びながら告げた。大量失血によって昏睡状態に陥り、そのせいで子どもは助からなかったのだと。
私は感情のない目で、涙を浮かべた真央を見た。
「咲希、もう全部知ってしまったのよね?
ごめん……あなたに申し訳ないって思って、一時の気の迷いだったの。まさか侑斗があんなことするなんて思わなかった」
彼女は私のベッドの前で泣き崩れた。
大きな泣き声を上げているのに、手首の傷も絆創膏が一枚貼られているだけだった。
どう見ても、侑斗が言っていたような危篤状態には見えなかった。
不意に彼女は顔を上げ、何かを決意したように言った。
「咲希、これからは私の子どもを、あなたの子どもだと思っていいから」
胸の奥に怒りが燃え上がった。私はかすれた声で言い放った。
「出ていって」
真央は呆然とした。
傷ついた目で私を見つめたあと、突然、私の手を掴んで自分の頬を叩いた。
「今さら説明しても遅いのは分かってる。でも、あなたという友達を失いたくないの。
ぶって。あなたが許してくれるなら、どんなふうに気を晴らしてくれてもいい!」
彼女が再び私の手を掴み、自分の顔へ打ちつけようとした時だった。いつの間にか、侑斗が病室の入り口に立っていた。
彼は足早に近づき、真央を引き寄せて私から引き離した。
そのもみ合いの中で、私はベッドから引きずり落とされ、床へ激しく叩きつけられた。
下半身からまた血が滲み、私は呻きながら医者を呼んだ。
そのときようやく侑斗は我に返ったのか、真央を抱いていた手を離し、私を助け起こそうとした。
けれど真央の泣き声が、それを遮った。
「侑斗、全部あなたのせいよ、この最低男!咲希が本当に私を怒ってる!私、もう友達いなくなっちゃう!」
侑斗は慌てて彼女をあやした。
「分かった分かった、全部俺が悪い。だから怒るな。
先にお前を送っていく。子どもがお前を待ってる」
私は二人の背中を見つめながら、歯を食いしばって言った。
「侑斗、私は一生あなたたちを許さない」
彼は足を止めた。けれど、振り返ることはなかった。
十分後、彼から珍しく一件のメッセージが届いた。
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