和紙文山村の風と愛しい日常 · 第3話設定≡

山村の風と愛しい日常第3話

この話は約2210字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

圭馬は一瞬言葉を詰まらせ、苛立ちを滲ませた口調になったが、それでも無理に怒りを抑え込んで言った。「たかがそんなことで怒ってるのか?

三年見ないうちに、ずいぶんと意地っ張りになったな」

結空はふっと自嘲気味に笑った。「圭馬、もし本当に彼女のことが好きなら、愛人になんて甘んじさせるべきじゃないわ」

「結空!」

圭馬の顔が怒りで一気に引きつった。「何度も言ってるだろ!俺と美波はお前が思っているような関係じゃない!」

こちらの不穏な空気に気づいたのか、周囲にいた他の看護師や患者たちが遠巻きにこちらを窺い始めていた。

ひそひそと囁き合う声が微かに聞こえてくる。

「あの吉川さん……まさか、本当に愛人なの?」

「吉川さんと一緒にいるあの男の人、彼女さんと12年も付き合ってて、もうすぐ結婚するらしいわよ」

「もし本当なら、いくらなんでも酷すぎるわね……」

美波の顔がサッと青ざめた。「結空さん、お二人の話は聞いているの。本当に誤解だよ。私と圭馬はそんなやましい関係じゃない。私はただ……自分の仕事をしていただけ。もし勘違いさせちゃったんなら、謝るから……」

圭馬は苛立たしげに眉をひそめた。「いい加減にしろ。

この三年間、俺が辛かった数え切れないほどの日々を、美波がそばで支えてくれたんだ。もし俺たちに本当にやましい関係があるなら、わざわざ今まで隠す必要なんてないだろ?今すぐ美波に謝れ!」

結空はただ、冷ややかな瞳で静かに彼を見つめていた。

人の心は、いつだって不公平に傾くもの。とりわけ、自分の好きな人の前では。

12年もの歳月を捧げて愛してきた男が、今、別の女を守るために自分を敵のように睨みつけている。

結空は静かにかぶりを振った。「圭馬、肉体的な繋がりを持つことだけが裏切りというわけではない。

心の繋がりを絶たれること、感情が他の誰かに移ってしまうこと……それも浮気よ。むしろ、その方がずっと残酷だわ」

圭馬は雷に打たれたように全身をビクッと震わせた。その言葉に図星を突かれたのか、無意識のうちに結空の腕を掴んでいた手をふっと緩める。

何か言い返そうと口を半開きにしていたが、言葉が出ない。

ちょうどその時、病室のドアが内側から乱暴に開け放たれた。

病室から姿を現した大輝は、怒りで顔を真っ青にしていた。

次の瞬間、周囲の人間が息を呑んで見守る中、大輝は腕を振り上げると、圭馬の頬を渾身の力で張り飛ばした。

「この馬鹿息子がっ!」大輝は怒りのあまり、胸を激しく上下させていた。

「お前が腹の中で何を企んでるか、俺が気付いていないとでも思ったか!

お前を小さい頃からどう育ててきたと思ってるんだ!他所の女と結託して、自分の婚約者を虐め抜くような情けない男にするために育てた覚えはないぞ!」

圭馬はビンタの衝撃で顔を横に弾かれ、ヒリヒリと焼けるような痛みが走る頬を押さえながら、信じられないといった表情で大輝を見つめ返した。

大輝はもう圭馬を一瞥することもせず、結空の腕を引いて病室へと促した。「外は騒がしいから、中に入って話そう」

病室に入ると、大輝は結空をベッドの傍らに座らせた。「結空。圭馬はお前と三年も離れていたから、まだ距離感が掴めなくて魔が差したんだ。

だがな、俺にとってもあいつはたった一人の息子だ。あいつが胸の奥で何を考えているかは、この俺が一番よく分かっている。

お前たちは12年も連れ添ってきた仲じゃないか。たった一度の過ちで、今まで二人で築き上げてきたものをすべて無かったことにはできないはずだ。

どんなことがあっても、あいつの心の中にはいつだってお前がいるんだ。俺の顔に免じて、今回だけはあいつを許してやってくれないか。それでも気が済まないなら、後で俺が厳しくあいつを説教してやるから」

結空の胸の奥に、切ない思いがこみ上げた。

大輝は確かに自分のことをとても可愛がってくれている。けれど、実の息子である圭馬の存在には、どうしても敵わない。

圭馬なら、責任感や罪悪感から自分と結婚することを選ぶかもしれない。けれど、そんな義務感だけで縛られた結婚に、幸せなんてあるはずがない。

あと五日もすれば、自分はあの村へと戻る。もうこれ以上、何も言い訳したり説明したりする気にはなれなかった。

結空は大輝の言葉には答えず、ただ静かに言った。「大輝さん、今はそれよりもご自身の体調の方が大切です」

大輝は手を振りながら深くため息をついた。「昔からの持病だからね。良くなったり悪くなったりを繰り返していて、どうにもすっきり完治せんのだ。病院暮らしなんて、身体が鈍って息が詰まるよ」

結空はふと違和感を覚えた。大輝の病状なら、そう何度もぶり返すはずがないのだ。

彼女はベッドサイドのキャビネットに置かれていた薬瓶を手に取り、手のひらに数粒の錠剤を出した。見つめるほどに、その眉間のシワが深く刻まれていく。

「大輝さん、入院中の薬の管理はずっと誰が担当しているの?」

大輝は不思議そうに首を傾げた。「基本的には吉川さんだ。圭馬も仕事で忙しいからね、身の回りの世話はほとんど彼女がやってくれているんだ」

結空の表情がすっと険しくなった。

「あなたの体の状態は、私が一番よく分かっています。本来の治療方針と適切な投薬を行っていれば、とっくに完治して退院できているはずなんです。

でも、この薬は違います。もしかすると……誰かが意図的に治療を長引かせ、あなたを退院させないように仕向けているのかもしれません」

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