家族メモが、息子の医師の予定で埋まっていた第2話
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ベッドに入ってもなかなか寝つけず、何度も寝返りを打っていた。
ふいに、温かい手が腰に回ってきた。
背後から啓斗が首筋に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「ほら、もう寝よう。こうして抱いてれば眠れるだろ」
私は身体をよじって、その腕から離れた。
啓斗は困ったようにため息をついた。
「昔は、ずっと抱いて寝てほしいって甘えてたのに。誰だったっけな?」
そのまま強く抱き寄せられると、いつものウッディな香りに、かすかな花の香りが混じっているのに気づいた。
啓斗のものではない香りだった。
気づいた途端、涙が枕に滲んだ。
「啓斗、離婚しよう」
腰に回っていた啓斗の腕が、一瞬こわばった。
「……何言ってるんだ?」
少し間を置いて、啓斗は戸惑ったように聞いた。
「遊園地で先に入ったこと、まだ怒ってるのか?それとも、電話に出なかったこと?」
そして、宥めるように声を落とした。
「もう怒るなって、結愛。次からはちゃんと待つし、電話も出るようにする。だから、な?」
結局、啓斗はいつもそうだった。
私が怒るたび、その場を収めることばかり考えていた。
次からはちゃんと待つ、電話にも出る。そう言っておけば、私もそれ以上何も言わなくなると思っていたのだろう。
私がどうしてそこまで傷ついたのか、考えようとしたことは一度もなかった。
もう一度ちゃんと話そうとしたところで、主寝室から突然、悲鳴が聞こえた。
啓斗は顔色を変え、慌てて主寝室へ向かった。
勇太に何かあったのかと思い、私もすぐ後を追った。
ドアの隙間から中を見ると、啓斗は澄佳を抱きしめていた。
そのそばで勇太も、幼い頃に私がしていたのを真似るように、澄佳の背中を優しくとんとんと叩いていた。
「澄佳、大丈夫。雷が鳴っただけだよ。怖くないから」
その声は、付き合っていた頃、私を抱きしめて宥めてくれたときと同じように優しかった。
けれど、昔は私に向けられていたその優しさが、今は澄佳に向けられていた。
胸の奥は、もう痛いのかどうかさえ分からなかった。それでも指先だけは、小刻みに震え続けていた。
涙を拭うこともできず、そのまま客間へ戻った。
結局、その夜は一睡もできなかった。啓斗も朝まで戻ってこなかった。
翌朝、勇太の楽しそうな笑い声で目を覚ました。
「わあ、澄佳お姉ちゃんすごい!ママにはこんなの作れないよ!
お姉ちゃんって頭いいよね。ママは何にも知らないもん!」
割れそうに痛む頭を押さえながらリビングへ行くと、3人はお揃いの服を着て、狭いキッチンに並んで料理をしていた。
私に気づいた啓斗は、ちらりとこちらを見た。
「もうすぐできるぞ」
身支度を済ませて食卓につくと、啓斗が勇太に目配せした。
勇太はそれを見て、エビを一尾つまみ、私の皿に載せた。
澄佳は勇太を抱き寄せながら、私に言った。
「これ、勇太くんが自分で茹でたんですよ。結愛さんもぜひ食べてみてください」
皿の上のエビに目を落とし、そのままテーブルに並んだ料理を見渡した。
「啓斗、私が魚介アレルギーなの、忘れたの?」
大学2年の頃、カニが入っているとは知らずに料理を口にし、ひどいアレルギー反応で意識を失ったことがあった。
あのとき、啓斗はひどく取り乱した。
震える腕で私を抱きしめ、泣きながら何度も名前を呼んでいた。
啓斗は一瞬、言葉に詰まった。
私は何も言わず、目の前のエビを皿ごとゴミ箱に捨てた。
次の瞬間、啓斗が勢いよく立ち上がった。
「エビ一尾くらいで、なんでそんなムキになってんだよ。食わないなら、もう部屋戻れよ」
涙をこらえながら席を立ち、寝室へ向かった。
背後で、澄佳が啓斗に声をかけた。
「私が勇太くんにアレルギーのこと、ちゃんと伝えておけばよかったんです……結愛さんのところ、行ってあげてください」
啓斗は箸を置いた。
「澄佳は悪くないよ。俺が甘やかしすぎたんだ。すぐ拗ねるし、ほんと手がかかる。
放っとけばいい。そのうち気が済んで戻ってくるから」
その言葉を背中で聞きながら寝室へ入り、ドアを閉めた。
力が抜け、そのままドアに背を預けて崩れるように座り込んだ。涙が頬を伝っても、拭う気にはなれなかった。
スマホを開き、海外教育ボランティアの派遣先を確認すると、2日後の航空券を予約した。
今度こそ、啓斗を許すつもりはなかった。
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