家族メモが、息子の医師の予定で埋まっていた第1話
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結婚して5年目、私――城島結愛(じょうじま ゆあ)と夫の城島啓斗(じょうじま けいと)が共有している家族用のメモは、いつの間にか、ある一人の名前で埋め尽くされていた。
水野澄佳(みずの すみか)――息子の城島勇太(じょうじま ゆうた)を担当する心理カウンセラーだ。
親子遊びや屋外活動、次回のカウンセリング――勇太の治療に関する予定に混じって、澄佳の生理予定日まで細かく書き込まれていた。
腹が立って問い詰めると、啓斗は気にも留めず、淡々と返した。
「勇太の治療予定を組むには、澄佳の体調も把握しておいたほうがいいんだ。いちいち騒ぐな」
それから勇太の症状は目に見えて良くなっていった。その一方で、澄佳への依存はますます強まっていった。
そんな中、また屋外活動の日がやってきた。私は電車を乗り継ぎ、遊園地へ急いだ。
ようやく入口まで駆けつけると、啓斗と澄佳が勇太を真ん中に挟み、両側からその手をつないでいた。
「俺たちはもうファミリーチケットを買ったから、先に入ってる。結愛は自分のチケットを買って、あとから来て」
澄佳は勇太の頭を撫でながら言った。
「結愛さん、これも勇太くんの治療の一環なんです。気にしないでくださいね」
私はスマホをぎゅっと握りしめ、どうにか笑みを作った。
ふいにスマホが震えた。勇太からだった。
【パパ、今回も帰ったら、まだよくなってないってことにするの?】
数秒もしないうちに、そのメッセージは取り消された。
私は人の行き交う遊園地の入口に立ち尽くし、胸の奥がすっと冷えていくのを感じた。
家族のように寄り添う3人の姿が、ひどく目に刺さった。もう、見ていたくなかった。
* * *
疲れたから先に帰ると啓斗にメッセージを送ったが、案の定、返事はなかった。
電車に乗ってしばらくすると、勇太のカウンセリングで使っているグループLINEに、澄佳が動画を投稿した。
おそろいのうさ耳カチューシャをつけた3人が、カメラに向かってふざけながらピースしていた。
そのままトーク履歴を遡ると、澄佳と啓斗が勇太のトレーニングに付き添っている動画がいくつも残っていた。
どの動画でも、3人は楽しそうに笑い合っていた。どう見ても、幸せな家族そのものだった。
見ているうちに、まるで私だけがその輪の外にいるような気がしてきた。
胸が締めつけられるように苦しく、息もうまくできなかった。
自嘲めいた笑いがこぼれた。私はスマホの画面を消した。
家に着いて間もなく、啓斗から電話がかかってきた。
「結愛、雨ひどくなってきた。傘ないから、悪いけどマンションの前まで迎えに来て」
「分かった」と返し、傘を持って迎えに出た。
それから30分。全身びしょ濡れになっても啓斗たちは現れず、何度電話をかけても出なかった。
さすがに不安になって家へ戻ると、啓斗がソファに片膝をつき、澄佳の濡れた髪をタオルで拭いていた。
物音に気づいた啓斗は、こちらをちらりと振り返った。
「どこ行ってたんだよ?なんでこんな遅くなったんだ?」
濡れた指先から、床に水滴が落ちていた。胸が苦しくて、声もうまく出なかった。
「どうして……電話、出なかったの?」
啓斗は澄佳の髪を拭く手を止めず、こともなげに答えた。
「ああ、スマホの充電切れてたみたい。全然気づかなかった」
あまりにも軽い返事に、責める言葉は全部、喉の奥で止まった。
これ以上責めるのも、なんだか私のほうが心が狭くて、聞き分けがないような気がした。
雨の中で私を待たせたことも、電話に出なかったことも、帰ってみれば澄佳の髪を拭いていたことも、啓斗にとってはどれも大したことではないのだろう。
そういう小さなことが積み重なって、ふと、この人とはもうやっていけないと思った。
部屋の中がしんと静まり返る中、啓斗はようやく私の様子がおかしいことに気づいたのか、こちらを振り向いた。
「ぼーっとしてないで、先に風呂入ってこいよ。風邪ひくぞ」
そう言って立ち上がると、啓斗はホットココアを持ってきて、私の前に置いた。
「飲んどけ。身体、冷えただろ」
啓斗はいつもこうだった。
私がずぶ濡れになれば、ホットココアまで出して気遣ってくれた。なのに澄佳のことになると、私のことは簡単に後回しにされた。
そうやって優しくされるたび、つい期待してしまった。けれど結局、何度も思い知らされてきた。
啓斗の優しさも愛情も、私だけに向けられたものではなかったのだと。
20分後、風呂から上がると、澄佳が私のパジャマを着ていた。
澄佳は、まるで今初めて私の存在に気づいたような顔で口を開いた。
「うち、停電しちゃってて……今夜だけ泊めてもらうことになったんです。結愛さん、気にしませんよね?」
拳を握りしめ、何か言おうとしたところで、啓斗が口を挟んだ。
「気にしなくていいって。澄佳は勇太がお世話になってる先生なんだし、好きなだけ泊まってけばいい。
結愛だって、このくらいで何か言うようなやつじゃないし」
何も言えなかった。自分の家なのに、嫌だと言うことさえできないらしい。
「澄佳、眠り浅いんだろ?今日は勇太と寝室使えばいいよ」
私は反射的に頷きかけた。
けれど、啓斗はそのまま続けた。
「俺たちは今夜、客間で寝ればいいだろ」
胸の奥がきゅっと痛んだ。
「だめ!」
その寝室は、眠りの浅い私のために、啓斗が結婚前にわざわざ二重に防音してくれた部屋だった。
あの頃の啓斗は、「お前のためじゃなきゃ、ここまでしない」と笑っていた。
それなのに今は、その寝室を当然のように澄佳に使わせようとしていた。
啓斗は眉をひそめた。
「結愛、澄佳は客なんだから、今日くらい使わせてやれよ。わがまま言うなって」
もう何も言えなかった。
しばらくして、私は力なく頷いた。
背を向けて目元をぬぐい、【海外教育ボランティア応募フォーム】の送信ボタンを押した。
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