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家族メモが、息子の医師の予定で埋まっていた第1話

この話は約2344字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

結婚して5年目、私――城島結愛(じょうじま ゆあ)と夫の城島啓斗(じょうじま けいと)が共有している家族用のメモは、いつの間にか、ある一人の名前で埋め尽くされていた。

水野澄佳(みずの すみか)――息子の城島勇太(じょうじま ゆうた)を担当する心理カウンセラーだ。

親子遊びや屋外活動、次回のカウンセリング――勇太の治療に関する予定に混じって、澄佳の生理予定日まで細かく書き込まれていた。

腹が立って問い詰めると、啓斗は気にも留めず、淡々と返した。

「勇太の治療予定を組むには、澄佳の体調も把握しておいたほうがいいんだ。いちいち騒ぐな」

それから勇太の症状は目に見えて良くなっていった。その一方で、澄佳への依存はますます強まっていった。

そんな中、また屋外活動の日がやってきた。私は電車を乗り継ぎ、遊園地へ急いだ。

ようやく入口まで駆けつけると、啓斗と澄佳が勇太を真ん中に挟み、両側からその手をつないでいた。

「俺たちはもうファミリーチケットを買ったから、先に入ってる。結愛は自分のチケットを買って、あとから来て」

澄佳は勇太の頭を撫でながら言った。

「結愛さん、これも勇太くんの治療の一環なんです。気にしないでくださいね」

私はスマホをぎゅっと握りしめ、どうにか笑みを作った。

ふいにスマホが震えた。勇太からだった。

【パパ、今回も帰ったら、まだよくなってないってことにするの?】

数秒もしないうちに、そのメッセージは取り消された。

私は人の行き交う遊園地の入口に立ち尽くし、胸の奥がすっと冷えていくのを感じた。

家族のように寄り添う3人の姿が、ひどく目に刺さった。もう、見ていたくなかった。

* * *

疲れたから先に帰ると啓斗にメッセージを送ったが、案の定、返事はなかった。

電車に乗ってしばらくすると、勇太のカウンセリングで使っているグループLINEに、澄佳が動画を投稿した。

おそろいのうさ耳カチューシャをつけた3人が、カメラに向かってふざけながらピースしていた。

そのままトーク履歴を遡ると、澄佳と啓斗が勇太のトレーニングに付き添っている動画がいくつも残っていた。

どの動画でも、3人は楽しそうに笑い合っていた。どう見ても、幸せな家族そのものだった。

見ているうちに、まるで私だけがその輪の外にいるような気がしてきた。

胸が締めつけられるように苦しく、息もうまくできなかった。

自嘲めいた笑いがこぼれた。私はスマホの画面を消した。

家に着いて間もなく、啓斗から電話がかかってきた。

「結愛、雨ひどくなってきた。傘ないから、悪いけどマンションの前まで迎えに来て」

「分かった」と返し、傘を持って迎えに出た。

それから30分。全身びしょ濡れになっても啓斗たちは現れず、何度電話をかけても出なかった。

さすがに不安になって家へ戻ると、啓斗がソファに片膝をつき、澄佳の濡れた髪をタオルで拭いていた。

物音に気づいた啓斗は、こちらをちらりと振り返った。

「どこ行ってたんだよ?なんでこんな遅くなったんだ?」

濡れた指先から、床に水滴が落ちていた。胸が苦しくて、声もうまく出なかった。

「どうして……電話、出なかったの?」

啓斗は澄佳の髪を拭く手を止めず、こともなげに答えた。

「ああ、スマホの充電切れてたみたい。全然気づかなかった」

あまりにも軽い返事に、責める言葉は全部、喉の奥で止まった。

これ以上責めるのも、なんだか私のほうが心が狭くて、聞き分けがないような気がした。

雨の中で私を待たせたことも、電話に出なかったことも、帰ってみれば澄佳の髪を拭いていたことも、啓斗にとってはどれも大したことではないのだろう。

そういう小さなことが積み重なって、ふと、この人とはもうやっていけないと思った。

部屋の中がしんと静まり返る中、啓斗はようやく私の様子がおかしいことに気づいたのか、こちらを振り向いた。

「ぼーっとしてないで、先に風呂入ってこいよ。風邪ひくぞ」

そう言って立ち上がると、啓斗はホットココアを持ってきて、私の前に置いた。

「飲んどけ。身体、冷えただろ」

啓斗はいつもこうだった。

私がずぶ濡れになれば、ホットココアまで出して気遣ってくれた。なのに澄佳のことになると、私のことは簡単に後回しにされた。

そうやって優しくされるたび、つい期待してしまった。けれど結局、何度も思い知らされてきた。

啓斗の優しさも愛情も、私だけに向けられたものではなかったのだと。

20分後、風呂から上がると、澄佳が私のパジャマを着ていた。

澄佳は、まるで今初めて私の存在に気づいたような顔で口を開いた。

「うち、停電しちゃってて……今夜だけ泊めてもらうことになったんです。結愛さん、気にしませんよね?」

拳を握りしめ、何か言おうとしたところで、啓斗が口を挟んだ。

「気にしなくていいって。澄佳は勇太がお世話になってる先生なんだし、好きなだけ泊まってけばいい。

結愛だって、このくらいで何か言うようなやつじゃないし」

何も言えなかった。自分の家なのに、嫌だと言うことさえできないらしい。

「澄佳、眠り浅いんだろ?今日は勇太と寝室使えばいいよ」

私は反射的に頷きかけた。

けれど、啓斗はそのまま続けた。

「俺たちは今夜、客間で寝ればいいだろ」

胸の奥がきゅっと痛んだ。

「だめ!」

その寝室は、眠りの浅い私のために、啓斗が結婚前にわざわざ二重に防音してくれた部屋だった。

あの頃の啓斗は、「お前のためじゃなきゃ、ここまでしない」と笑っていた。

それなのに今は、その寝室を当然のように澄佳に使わせようとしていた。

啓斗は眉をひそめた。

「結愛、澄佳は客なんだから、今日くらい使わせてやれよ。わがまま言うなって」

もう何も言えなかった。

しばらくして、私は力なく頷いた。

背を向けて目元をぬぐい、【海外教育ボランティア応募フォーム】の送信ボタンを押した。

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