家族メモが、息子の医師の予定で埋まっていた第3話
この話は約2034字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
リビングの笑い声が静かになったのを待って、私は涙を拭い、荷物をまとめ始めた。
アクセサリーを片づけていると、以前、片方のピアスを勇太の部屋に置き忘れたことを思い出した。
勇太の部屋へ行くと、ピアスはベッド脇のテーブルに置かれていた。
そしてふと、引き出しに貼られた付箋が目に入った。
【澄佳お姉ちゃん、ここ開けてみて!勇太からのサプライズだよ!】
見ないほうがいいと分かっていたのに、私は引き出しを開けた。
中に入っていたのは、ディオールのピアスだった。
隣には、子どもらしい字で書かれたメッセージが添えられていた。
【澄佳お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!これ、僕がおこづかい貯めて買ったんだよ!】
目の奥が熱くなった。
思い返せば、この数週間、勇太は何かと理由をつけて私にお金をねだっていた。
あの日も、私のピアスを急に褒めて、写真を撮りたいから貸してほしいと言っていた。
毎年、勇太の誕生日の前日になると、啓斗と2人で何かと理由をつけて出かけていた。
全部、今日のためだったのだ。
今日は澄佳の誕生日だった。
啓斗と勇太は毎年この日、まるでそこへ帰るのが当たり前のように、澄佳のもとへ向かっていた。
上着の前をかき合わせた。それでも、寒気は引かなかった。
寝室へ戻ってクローゼットを開けると、これまで勇太からもらったものが、ひとつ残らず大切にしまってあった。
ゴム手袋にエプロン、フライ返し。それに、勇太の好きな料理ばかりをまとめた手作りのレシピ帳まであった。
これまでは、まだ子どもだから、相手のことを考えて贈り物を選ぶのが苦手なだけだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
澄佳には、自分でお金を貯めて、喜びそうなものをちゃんと選んでいた。
私には、そうしなかっただけだった。
そのとき、スマホにインスタの通知が届いた。
澄佳が新しい投稿を上げていた。
【地面に3つの影。1つは私。残りの2つも、私のもの】
写真には、寄り添う3人の影とディオールのネックレスが写っていた。
勇太の引き出しにあったピアスと同じシリーズだった。
思わず乾いた笑いがこぼれた。
毎年、私の誕生日になると、啓斗は決まって同じようなガラスの置物をくれた。
「結愛、俺こういうのよく分かんないからさ。気持ちが伝われば、それでいいだろ?」
私はその言葉を信じて、毎年もらう安物のガラスの置物を大切にしまってきた。
気づけば、棚には5つも並んでいた。
ベッドに腰を下ろすと、どっと力が抜けた。
今まで2人を大切にしてきた気持ちまで、急に馬鹿らしく思えてきた。もう、何ひとつ大事に取っておく気にはなれなかった。
私は立ち上がり、箱にしまっていた勇太からの贈り物も、啓斗からもらった5つのガラスの置物も、全部まとめてゴミ箱に捨てた。
もう2人とは、何の関わりも持ちたくなかった。
そのまま弁護士に電話をかけた。
「離婚協議書を作っていただきたいんですが、なるべく早くお願いできますか」
電話を切って間もなく、玄関のほうから楽しそうな話し声が聞こえ、半分ほど残ったケーキを手にした啓斗たちが帰ってきた。
「結愛、ケーキあるぞ。お前の好きなやつ」
勇太は澄佳の手を引き、真っ先に自分の部屋へ向かった。
返事をしないでいると、しばらくして啓斗が寝室のドアを開けた。
荷造りをしている私を見ると少し驚いた顔をしたが、何も聞かずにクローゼットからシャツを1枚取り出した。
「また実家に帰るのか?」
説明する気にもなれず、私は小さく頷いた。
その直後、勇太の部屋から大きな叫び声がした。
啓斗が廊下へ出ると、勇太がこちらへ駆けてきた。
「ママなんか大っ嫌い!勝手に僕のもの触らないでよ!」
そのまま勢いよく体当たりされ、私は床に倒れ込んだ。
足首に鋭い痛みが走り、みるみる赤く腫れていった。
勇太は泣きながら、なおも大声で怒鳴り続けていた。
啓斗はすぐに駆け寄って私を起こすと、しゃがみ込んで腫れた足首にそっと触れた。
「大丈夫か?」
険しい顔で勇太を振り返ったところへ、澄佳が駆け込んできた。
澄佳は勇太を抱き寄せると、私に向かって申し訳なさそうに言った。
「結愛さん、ごめんなさい。私が止める前に飛び出しちゃって……
私への誕生日プレゼントを触られて、カッとなっちゃったみたいなんです。まだ子どもですし、今回は大目に見てもらえませんか?」
ずきずきと痛む足首に目を落とした。
顔を上げると、啓斗はいつの間にか澄佳の隣に立っていた。
子どもなんだから、許してやれってこと?
勇太は幼い頃から双極性障害を抱えていて、些細なことをきっかけに感情が抑えられなくなることがあった。
少しでも周りの子と同じように過ごせるようにと、私はずっと、感情をコントロールする練習に付き合ってきた。
その中で何度叩かれ、傷を負ったか分からない。
それでも今までは、勇太のためだと思って耐えてきた。
でも今回は、いつものように我慢できなかった。
私は痛む足をかばいながら立ち上がり、近くにあったハンガーを掴んだ。
そのまま勇太に向かって、力いっぱい振り下ろした。
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