婚約者を奪った女に弁護を頼み込まれました第2話
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その夜、私は徹夜した。
現場の防犯カメラ映像やドライブレコーダーの記録を、一つずつ整理した。血中アルコール濃度の検査結果と被害者の診断書も、順に確認した。
周囲は私が莉奈のために全力を尽くしていると思っているけれど、本当の理由を知っているのは私だけだ。
私はただ、証拠と法律に忠実でいるだけだ。
被害者の家族との示談交渉を終え、病室を出ると、慶悟が廊下のベンチに座っていた。
全身ずぶ濡れで、濡れた髪が頬に張りついている私を見ると、慶悟はとっさに上着を脱ぎ、足早に近づいてきた。
「これ、羽織れ」
私は横へ身を引いた。
慶悟が初めて担当した法律扶助事件で、一緒に動いたときのことを思い出した。
あのときの被害者の家族は、今回よりも激しく詰め寄ってきた。話を始めてすぐ、私にガソリンを浴びせ、ライターを手に弁護を降りるよう慶悟を脅した。
私は少しもひるまなかった。どうしていいか分からず立ち尽くす慶悟を、まっすぐ見た。
「たとえ火をつけられても、命がある限り、弁護士としての一線は守り抜く!慶悟、続けて!」
私は目の前の慶悟に、今回の示談交渉の結果を伝えた。
「被害者側は、治療費を全額支払い、後遺障害についても賠償するよう求めている。それから、莉奈と弟さんが直接謝罪に出向くことも、示談の条件だと言っている。示談が成立するかどうかは、私ではなく、あなたたち次第よ」
私は私情を一切交えず、事務的な口調で告げた。
「分かった。紗和、ありがとう。大変だったな。
でも、せめてこの上着を羽織ってくれないか?
昔から体が弱くて、少し冷えただけでも高熱を出してただろ。
きちんと仕事をするためにも、まずは自分の体を大事にしろよ」
その言葉に、私は小さく笑った。
「私に仕事の仕方を教えるつもり?今さら、そんなことをして何になるの?
5年前、莉奈のために私を周囲の非難にさらし、弁護士を続けられないところまで追い込んだ。それなのに5年たった今も、莉奈のために優しいふりをして私を気遣う。皮肉だと思わない?」
慶悟の動きが止まり、上着を握る指先に力がこもった。
「でも、俺は本当に紗和に負い目を感じてる。この5年、ずっと申し訳なく思ってた。いつか埋め合わせたいと思ってたんだ」
私はさらに冷たく笑った。
「そう。上着で償うつもり?」
「違う!」
慶悟は慌てて否定した。片手で上着を握ったまま、もう一方の手をポケットに入れ、先ほどのキャッシュカードをもう一度差し出した。
「この5年間、紗和がどれだけ苦労したかは分かってる。ここまで来るのも、簡単じゃなかっただろ。俺と莉奈からの償いだと思って、受け取ってくれないか?」
その言葉が、ひどく皮肉に聞こえた。
「200万円で、私を傷つけたことまで償えると思ってるの?私が莉奈に使ったお金だって、200万円どころじゃないでしょう?」
「それなら、どうしてほしい?」
慶悟が私を見た。
「お金はいらない。本当に返すつもりなら、あのマンションを私に譲って」
あのマンションの頭金は、私と慶悟が半分ずつ出した。
当時、慶悟は弁護士になったばかりで収入が少なく、生活を支える負担の大半は私にかかっていた。
夜通し案件をこなし、生活費を切り詰めて、自分の負担分をどうにか工面した。内装工事の手配から家具や家電まで、私が一人ですべてそろえた。
けれど、あの部屋に二人の関係を思わせる痕跡が残っていると知ってから、どうしても戻れなくなった。スーツケースを持ち、振り返らずに出ていった。
今思えば、二人のせいで自分まで損をする必要はなかった。
「何?手放したくないの?」
慶悟は鍵を指先でつまんだまま、何度も口を開きかけた。長く迷った末、ようやく私の前へ差し出した。
「あのときは、俺も莉奈も紗和にひどいことをした。
あのマンションは、もともと紗和のものだ。
これから何かあったら、いつでも俺を頼ってくれ」
愛情にあふれた言葉。胸を打つような約束。
けれど、人は失ってからようやく気づく。謝罪はいつだって、すべてが終わったあとに届く。
今さら、もう遅い。
病院から事務所へ戻った。
椅子に腰を下ろそうとした瞬間、ドアが大きな音を立てて蹴り開けられた。
莉奈が勢いよく駆け込み、私を指さして声を張り上げた。
「紗和さん、最低!私に仕返しするために、陰で被害者の家族に示談に応じないよう吹き込んだんでしょう!よくそんな恥知らずなことができるわね!」
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