和紙文婚約者を奪った女に弁護を頼み込まれました · 第2話設定≡

婚約者を奪った女に弁護を頼み込まれました第2話

この話は約1778字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

その夜、私は徹夜した。

現場の防犯カメラ映像やドライブレコーダーの記録を、一つずつ整理した。血中アルコール濃度の検査結果と被害者の診断書も、順に確認した。

周囲は私が莉奈のために全力を尽くしていると思っているけれど、本当の理由を知っているのは私だけだ。

私はただ、証拠と法律に忠実でいるだけだ。

被害者の家族との示談交渉を終え、病室を出ると、慶悟が廊下のベンチに座っていた。

全身ずぶ濡れで、濡れた髪が頬に張りついている私を見ると、慶悟はとっさに上着を脱ぎ、足早に近づいてきた。

「これ、羽織れ」

私は横へ身を引いた。

慶悟が初めて担当した法律扶助事件で、一緒に動いたときのことを思い出した。

あのときの被害者の家族は、今回よりも激しく詰め寄ってきた。話を始めてすぐ、私にガソリンを浴びせ、ライターを手に弁護を降りるよう慶悟を脅した。

私は少しもひるまなかった。どうしていいか分からず立ち尽くす慶悟を、まっすぐ見た。

「たとえ火をつけられても、命がある限り、弁護士としての一線は守り抜く!慶悟、続けて!」

私は目の前の慶悟に、今回の示談交渉の結果を伝えた。

「被害者側は、治療費を全額支払い、後遺障害についても賠償するよう求めている。それから、莉奈と弟さんが直接謝罪に出向くことも、示談の条件だと言っている。示談が成立するかどうかは、私ではなく、あなたたち次第よ」

私は私情を一切交えず、事務的な口調で告げた。

「分かった。紗和、ありがとう。大変だったな。

でも、せめてこの上着を羽織ってくれないか?

昔から体が弱くて、少し冷えただけでも高熱を出してただろ。

きちんと仕事をするためにも、まずは自分の体を大事にしろよ」

その言葉に、私は小さく笑った。

「私に仕事の仕方を教えるつもり?今さら、そんなことをして何になるの?

5年前、莉奈のために私を周囲の非難にさらし、弁護士を続けられないところまで追い込んだ。それなのに5年たった今も、莉奈のために優しいふりをして私を気遣う。皮肉だと思わない?」

慶悟の動きが止まり、上着を握る指先に力がこもった。

「でも、俺は本当に紗和に負い目を感じてる。この5年、ずっと申し訳なく思ってた。いつか埋め合わせたいと思ってたんだ」

私はさらに冷たく笑った。

「そう。上着で償うつもり?」

「違う!」

慶悟は慌てて否定した。片手で上着を握ったまま、もう一方の手をポケットに入れ、先ほどのキャッシュカードをもう一度差し出した。

「この5年間、紗和がどれだけ苦労したかは分かってる。ここまで来るのも、簡単じゃなかっただろ。俺と莉奈からの償いだと思って、受け取ってくれないか?」

その言葉が、ひどく皮肉に聞こえた。

「200万円で、私を傷つけたことまで償えると思ってるの?私が莉奈に使ったお金だって、200万円どころじゃないでしょう?」

「それなら、どうしてほしい?」

慶悟が私を見た。

「お金はいらない。本当に返すつもりなら、あのマンションを私に譲って」

あのマンションの頭金は、私と慶悟が半分ずつ出した。

当時、慶悟は弁護士になったばかりで収入が少なく、生活を支える負担の大半は私にかかっていた。

夜通し案件をこなし、生活費を切り詰めて、自分の負担分をどうにか工面した。内装工事の手配から家具や家電まで、私が一人ですべてそろえた。

けれど、あの部屋に二人の関係を思わせる痕跡が残っていると知ってから、どうしても戻れなくなった。スーツケースを持ち、振り返らずに出ていった。

今思えば、二人のせいで自分まで損をする必要はなかった。

「何?手放したくないの?」

慶悟は鍵を指先でつまんだまま、何度も口を開きかけた。長く迷った末、ようやく私の前へ差し出した。

「あのときは、俺も莉奈も紗和にひどいことをした。

あのマンションは、もともと紗和のものだ。

これから何かあったら、いつでも俺を頼ってくれ」

愛情にあふれた言葉。胸を打つような約束。

けれど、人は失ってからようやく気づく。謝罪はいつだって、すべてが終わったあとに届く。

今さら、もう遅い。

病院から事務所へ戻った。

椅子に腰を下ろそうとした瞬間、ドアが大きな音を立てて蹴り開けられた。

莉奈が勢いよく駆け込み、私を指さして声を張り上げた。

「紗和さん、最低!私に仕返しするために、陰で被害者の家族に示談に応じないよう吹き込んだんでしょう!よくそんな恥知らずなことができるわね!」

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)