婚約者が逃げたので、別の男に嫁いだ第2話
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会場は、息苦しいほどの静寂に包まれていた。
誰も声を上げられず、司会者さえどう対処すればいいのか分からず立ち尽くしていた。
慧の親友で、新郎側の友人として式を手伝っていた三浦直人(みうら なおと)が、気まずい空気を和らげようと愛想笑いを浮かべた。
「美咲さん、あと五分だけ待ってください。慧はあれだけ美咲さんに惚れてるんです。本当にこのまま戻ってこないはずがありません。皆さんも、どうぞお食事を召し上がりながらお待ちください。挙式は30分後に始めます」
私は胸の奥から込み上げる痛みを、必死にこらえた。
皆に背を向け、目尻にたまった涙をそっと拭った。
それから会場の隅へ行き、黙って腰を下ろした。
招待客たちが私に向ける視線には、どれもやるせなさと同情がにじんでいた。
辺りを見回してみたが、両親の姿はどこにもない。
こんな惨めな姿を見られずに済んだことだけが、せめてもの救いだった。
五年前、両親は慧は頼りにならない男だと私に忠告していた。
けれど私は今になって、ようやくその言葉の意味を思い知った。
「あの親不孝者が!」
慧の母が自ら車椅子を動かして私の前まで来ると、両手で私の手を握った。
「美咲、つらい思いをさせてしまったわね。安心して。慧が戻ってきたら、私がきつく叱っておくから」
その声は涙で震え、私を見る目には申し訳なさがあふれていた。
ここ数年、慧は仕事を理由にほとんど家を空けていたため、体の不自由な母親の世話はすべて私がしてきた。
私のことも大切にしてくれ、とうに実の娘のように接してくれていた。
そんな姿を目の前にすると、責める気にはなれなかった。
「お母様も、あまり気を落とさないでください。慧はきっと戻ってきますから」
慧の母は、怒りをこらえるように胸元を押さえた。
「美咲、あまりにも腹が立つから、少し外で気持ちを落ち着けてくるわ。申し訳ないけれど、もうしばらくここで待っていてちょうだいね」
そう言うと、車椅子を動かしてホテルの外へ向かった。
しばらくして少し気持ちが落ち着くと、私は慧の母が興奮のあまり体調を崩していないか心配になり、様子を見に行った。
ホテルのロビーまで来たところで、慧の母が慧と電話で話している声が聞こえてきた。
「母さん、しばらく美咲をなだめておいてくれないか?俺は莉子とホテルにいるから、当分戻れそうにないんだ」
先ほどまで浮かべていた悲痛な表情は、慧の母の顔から跡形もなく消えていた。
代わりに、口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
「分かったわ。こっちはもう落ち着かせてあるから。あなたも、あまりやりすぎないようにしなさいよ」
「分かってるよ、母さん。外でどれだけ遊んだところで、美咲の立場が揺らぐことはない。俺が結婚するのは、あいつだけだ」
私は階段のそばに立ち尽くし、笑みを浮かべる慧の母を信じられない思いで見つめた。
慧の母はずっと前から、慧と莉子の関係を知っていたのだ。
この数年、私は何から何まで慧の母の世話をし、桐生家のこともすべて切り盛りしてきた。
慧の母も、実の娘以上に私をかわいがってくれていた。
私はてっきり、ようやく家族として受け入れてもらえたのだと思っていた。
けれど、すべては慧のために私をつなぎ止めておくためだったのだ。
乾いた笑いが、喉の奥から漏れた。
これまで彼らのために尽くしてきた年月のすべてが、ひどく滑稽に思えた。
私は何も言わず、披露宴会場へ戻った。
さらに十分が過ぎても、慧は一向に戻ってこなかった。
その代わり、莉子のSNSに投稿された写真に、慧の姿が写っていた。
写真の中で、慧は片膝をつき、莉子の左手の薬指に指輪をはめていた。
そこには、こんな言葉が添えられていた。
【駆け落ち展開って、やっぱり最高】
しかも、わざわざ私までタグ付けされていた。
私はその投稿に「いいね」を押した。
そして、こうコメントした。
【私が捨てたものを気に入ったのなら、あなたにあげるわ】
莉子はすぐにその投稿を削除した。
それまで何度連絡しても応じなかった慧から、今度は向こうから電話がかかってきた。
電話に出た途端、彼は頭ごなしに怒鳴りつけてきた。
「美咲、あのコメントはどういう意味だ?莉子は遊び好きだから、ちょっとお前をからかっただけだろ」
「私も冗談を言っただけよ。そんなことも分からないの?」
私は皮肉を込めて言い返した。
慧はさらに声を荒らげた。
「どこが冗談なんだよ!お前のあの一言で、莉子がどれだけ泣いたと思ってる?俺たちはお前が勘ぐってるような関係じゃないって、何度言えば分かるんだ。
俺が本当に莉子を好きだったなら、とっくに付き合ってる。そうなってたら、最初からお前の入り込む余地なんかなかったんだよ。
美咲、今すぐ莉子に謝れ!」
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