婚約者が新居を幼馴染に譲った件第3話
この話は約2000字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は冷静を装いながら、食事中に計算し終えたばかりの明細を彼に見せた。
「マンションを買う時、私が六百万円出したわ。
母が持ち去った五百万円の結納金を差し引いて、残り一百万円。
あれを返してくれたら、このマンションはあなた一人のものよ」
彰は明細を見て愕然とした。
私がこんな真似をするとは、思っていなかったようだ。
「澪……お前は他の女とは違うと思ってたが、結局は金に細かい女だったとはな」
私は笑った。
「彰、そんなに気前がいいなら、私への借金一百万円、耳を揃えて返してよ」
煽られた彰は意地になって、その場でスマホを操作し、私に一百万円を振り込んだ。
入金を確認すると、私は言った。
「明日の朝八時、役所で待ち合わせよう」
彰は歯ぎしりした。
「いいだろう!後で泣いてすがるなよ」
佳奈は満面の笑みで言った。
「ええ、必ず行くわよ」
マンションを出て、私は近くのホテルに部屋を取った。
通帳残高の一百万円を見つめると、抑えきれない悲しみが押し寄せてきた。
その時、佳奈からボイスメッセージが届いた。
再生すると、佳奈の嘲るような声が聞こえた。
「彰さん、どうしてあんな実家にたかられてる地味女なんか選んだの?
見た目だって華がないし、スタイルだって普通じゃない」
彰が鼻で笑う声が聞こえた。
「あんな風に親に冷遇されて育った貧乏娘なんてさ、ちょろいと思ったんだよ。
少し優しくしてやりゃあ、自分からいくらでも貢いでくるだろ。
まさか親の言いなりになって五百万円の結納金も要求してくるとはな。
それだけの大金があれば、もっとマシな女をいくらでも選べる。
何もわざわざ、あんな女を娶ってやる必要なんてないだろ」
佳奈の下品な笑い声が響き渡った。
彼の心変わりは、あの五百万円が原因だったのか。
目頭が熱くなり、涙が溢れ出した。
彰と出会ったのは大学二年の時だ。
大学に合格した時、両親は学費がかさむことを嫌がって、学費も生活費も出さないと言い放った。
バイトを三つも掛け持ちし、学食でも一番安いメニューを選んで食い繋いだ。
過労と栄養失調がたたり、ある日の授業中に倒れてしまった。
その時、保健室までおぶって運んでくれたのが彰だった。
それ以来、彼は私の日常に入り込んできた。
番号を間違えたふりをして学食カードに五万円もチャージし、毎日食事に誘っては私に奢らせたけれど、自分のおかずはいつも私に分けてくれた。
彼のおかげで、私の体は次第に健康を取り戻していった。
その後、彼から告白された。
家のことを考えると、彼の気持ちに応えるのが怖くて一度は断った。
それでも彼は、私の心に築かれた頑丈な壁をすこしずつ崩すようにして、中に入り込んできたの。
彼は私の救いだと信じていた。
けれど、今になってようやく目が覚めた。
彼に寄り添った五年間も、彼に注いだ愛も、すべては間違いだったんだって。
翌朝、私は早起きした。
やつれた顔を二人に見せたくなかったからだ。
丁寧にメイクをし、昨日買ったばかりの新しいコートを羽織ると、見違えるほど華やかになった。
待ち合わせ場所で私を見た彰も、一瞬呆気に取られていた。
私の姿を見るなり、佳奈が嫉妬混じりの、嫌味な声を上げた。
「澪さん、そのコート五万円もするやつでしょ?
昨日、彰さんから巻き上げたお金で買ったの?」
彰は眉をひそめた。
「澪、お前は倹約家じゃなかったのか?
なんで勝手にそんな高い服を買うんだ?」
私は薄く笑って二人を見た。
「まず、昨日の一百万円はあなたが私に返した借金よ。
もともと私のお金だわ。
それに、私が何を買おうとあんたには関係ないわ」
爪に火を灯すような思いをしてお金を貯めてきたのは、いつか彰と二人の家を持つためだった。
だが家も消え、共に歩む人も失った今、これ以上自分を切り詰める理由などどこにもない。
佳奈はフンと鼻を鳴らし、彰の腕に絡みついた。
「彰さん、早く行こう。
『1』は私のラッキーナンバーなの。
今日は、私が一番乗りで家の名義変更を済ませるよ!」
だが彰は動かず、私をじっと見て言った。
「澪、何か言いたいことはないのか?」
私は微笑んだ。
「そうね、念願叶ってよかったわね。
佳奈さん、マイホームゲット、おめでとう」
彰の顔は、怒りのあまりに歪んだ。
「いいだろう、後悔するなよ」
手続きは滞りなく終わり、佳奈は自分の名前が記載された権利書を嬉しそうに抱えて出て行った。
全てが終わった。
私が立ち去ろうとすると、彰が呼び止めた。
「昨日、ドレスショップから電話があった。試着に来てくれとな。
今日はわざわざ綺麗に着飾って、俺の機嫌を取りに来たんだろ?
その殊勝な態度に免じて、付き合ってやるよ」
私は振り返り、救いようのない馬鹿を見るような視線を彼に向けた。
「彰、新居すら手放した私が、今さら、あなたと結婚するとでも思ってるの?」
彰の目に一瞬動揺が走った。
「どういう意味だ?」
私は真剣な面持ちで、彼に言い放った。
「別れるわ。結婚式もキャンセルだ。これで理解できた?」
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