婚約者が助けたのは高熱の私ではなく、秘書の犬だった第3話
この話は約1552字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「叶音はどうした?病院は彼女には知らせなかったのか」
本来、叶音はここで待っているはずだ。涙ぐみ、胸が締め付けられるほど心を痛めているはずだった。
彼は知っていた。高橋叶音(たかはし かのん)が誰よりも彼を愛しているということを。
馬淵陸也と高橋叶音には大学を卒業してから共に起業するまで、長い年月をずっと一緒に歩いてきた絆がある。
それなのに叶音の姿が見えず、陸也はたちまち動揺した。
しかも、彼女は今回の交通事故の原因を知ったはずだ。
陸也は不安げな表情を浮かべた。元気になって退院したら、彼女にたっぷりかまってあげなければ。
「叶音さんは家に帰って社長のものを取ってくると言っていました。私、恐怖に怯えてたんですよ!」
陸也は目の前の若く美しい顔を見て、彼女をなだめた。
「麻鈴が無事でなによりだ」
リュックを背負った私はドアを叩き、2人が情熱的に互いを見つめあっているところに割り込んだ。田中麻鈴はリュックサックを受け取ると、チャックを開けた。さすが彼女二番手とでも言おうか。そして中から1着ずつパジャマを取り出した。
「陸也さん、このパジャマ見てください!陸也さんが私の家に置いて行ったものとそっくりです」
陸也は眉をひそめた。
「俺はお前の家にパジャマを置いていったりしていないが」
彼はうろたえて私に視線を向けた。
「あれれ、ついこの前ですよ。出張に行って一緒に陸也さんの部屋に泊まったとき、不注意でお互いの私物が混ざってしまったでしょう。ずっと返し忘れてしまっていました。陸也さんはひとまず私のうちに置いておくと言って…」
話し終えた田中麻鈴の目元が泳ぎ、何かを思い出したかのように顔いっぱいに恥じらいを浮かべた。
陸也の顔から一気に血の気が引いた。
ああ、あのときのことか。私も覚えている。
陸也が出張から帰ってくると、スーツケースの中にコンドームが入っていた。
私はそれをつまみ上げ、陸也の顔の前でひらひらと振って見せた。荷造りのときに間違えてホテルにあったものを入れてしまっただけだと陸也は言い張った。
使ってもいないものをどうやったら間違えて持って帰ってきてしまうことがあるのだろう。
あまりにもわかりやすい表情を浮かべる二人を目の当たりにして、私は冷笑した。もはやここに私の居場所はないのだと感じた。
そこで背を向けて部屋から立ち去ろうとした。
「どこへ行くんだ?」
勢いよく起き上がって私を問い詰めた拍子に、怪我をした部分に力が入ってしまったみたいだ。痛そうに声をあげた。
昔の私だったら気の毒に思って足をさすってあげていただろう。彼のそばで手取り足取りなんでもやってあげていたに違いない。
しかし今の彼のギブスが巻かれた足を一瞥すると淡々と言った。
「支払いしに行ってくる」
戻ってくると田中麻鈴が両手でリンゴをもって陸也に食べさせていた。
「麻鈴だって怪我の施術を受けただろう。いくらした?渡すから教えてくれ」
「一体あなたは彼女のなんだっていうの?彼女に代わってお金を支払うとでもいうわけ?」
私がまたもや田中麻鈴について不満をこぼすと、陸也に蔑視された。
「叶音、今どれだけ自分が攻撃的なのか分かっているのか?麻鈴が来てから君は変わってしまった」
私が変わった?
果たして変わったのは私?それともあなた?
私ははいはいと頭を下げた。「それじゃあもう二人の邪魔はしません」
陸也は出口に私の姿が消えていくのを見ていた。そして私が戻ってこないのを見て動揺した。
そんなはずがない。叶音はまだ俺を愛している。ただ熱で体調が悪いから帰っただけだ。
/
家に着くと体の疲れも顧みず、すぐに自分のものをまとめ、梱包した。
この家に私がいた形跡はたった三つの箱に収まったのである。
荷物をまとめ終えるとスマホに一件の通知が来た。
【切符の情報を送って。迎えに行くから】
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