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婚約者が他の女に年越し料理を作ったので、別れを決めた第2話

この話は約1885字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

荷造りを終えた頃には、もう深夜を回っていた。

私は左手のリングを外し、ベッドサイドに置く。

この指輪は、蓮が社会人になったばかりの頃にくれたものだ。高価な物ではない。

それでも私は宝物みたいに大事にしていた。お風呂に入る時ですら外したくなかった。

なのに今は、見ているだけで皮肉にしか思えない。

蓮がどん底だった頃、両親は重い病気を抱え、借金取りに毎日のように家まで押しかけられていた。

玄関先で怒鳴られ、罵声を浴びせられる日々。

そんな彼を支えたのは、私だった。

貯金を全部切り崩して彼の借金を返し、昼は会社で働き、夜はフリーマーケットで小物を売った。

疲れ果てて、帰り道の歩道脇で眠ってしまったこともある。

あの頃の蓮は、私を抱き締めながら泣いていた。「もし俺がお前を裏切ったら、バチが当たってもいい」

そう言っていたくせに。

今では成功した途端、真っ先に捨てたのは、苦労を共にした女だった。

――本当に、立派な人間だこと。

……

翌朝、始発まではまだ時間があったので、私は癖みたいにスマホを開いた。

すると、蓮と沙耶がほぼ同時に新しい投稿を上げていた。

蓮が上げたのは、短いVlog動画だった。

添えられていた文は【おはよう、働く皆さん】。

動画の中で、彼は部屋着姿のまま歯を磨いている。

鏡には、もう一つの歯ブラシ立てが映っていた。

ピンク色の。

次のカットでは、綺麗に並べられた二人分のサンドイッチ。

そして、重ねられた手。

一方、沙耶の投稿はもっと露骨だった。

【社長と一緒に出勤。幸せ】

助手席で撮った自撮り写真。

背景では、蓮が運転席でハンドルを握っている。

つまり昨夜、彼は会社にも家にも戻らなかった。

沙耶の家で、一晩過ごしたのだ。

私は画面を見ながら、自嘲気味に笑った。

心のどこかに残っていた最後の期待が、完全に消えてしまった。

本当は、置き手紙くらい残そうかと思っていた。

綺麗に終わりたかったから。

でも、もう必要ない。

私はスーツケースを引き、マンションを出てタクシーを拾った。

――向かった先は駅ではなく、蓮の会社だった。

復縁したいわけじゃない。

騒ぎを起こしたいわけでもない。

ただ見たかった。

この男が、どこまでクズになれるのか。

そして、七年間の恋に終止符を打つため。

たとえ、その句点が泥まみれでも。

……

会社ビルの下に着くと、私はすぐには上がらず、近くのコンビニでコーヒーを買った。

すると、社員証を下げた若い女性社員たちの会話が耳に入る。

「ねえ見た?今日の白石さん、めっちゃ浮かれてたよね。首のキスマーク全然隠せてないし」

「今さらでしょ。どうやって今の立場になったか、みんな知ってるし」

「社長も社長だよね。よりによってああいうタイプに手出すとか」

「男って、成功すると変わるよね。聞いた話だと、社長、白石さんをよく社長室に連れ込んで昼休みに二人きりで過ごしてるらしいよ。ドア閉めちゃったら、中で何をしてるかなんて分かんないし」

「え、ほんと?やばくない?」

「ほんとほんと。清掃の人が入った時、ソファに『そういう匂い』残ってたって」

コーヒーカップを握る指に力が入る。

――もう会社中に知れ渡っていたんだ。

知らなかったのは、「残業」とか「出張」とか、あんな嘘を信じ続けていた私だけ。

私は深呼吸し、エレベーターに乗り込んだ。

蓮のオフィスがあるフロアは静まり返っていた。

秘書の席には誰もいない。たぶん席を外しているのだろう。

私は見慣れた重厚な木のドアの前に立つ。

ドアノブに手を掛けた瞬間、中から笑い声が漏れてきた。

「もう、社長ったら……昨夜あんなにいじめたのに、まだ足りないんですか……?」

沙耶の甘ったるい声。

息が混じっている。

蓮が笑う。「さっき車の中で『欲しい』って言ってたじゃない。今、叶えてやるよ」

「やっ……ここじゃだめ……誰かに聞かれます……」

「大丈夫。この部屋、防音だし。ノックなしで入ってくる奴なんていないさ」

その後、衣擦れの音と、水音。

私はほんの少し開いた隙間から中を見た。

沙耶はデスクの上に腰掛け、蓮は彼女の胸元に顔を埋めていた。

手は遠慮なく彼女の身体を撫で回している。

その瞬間、頭の中で何かが弾けた。

耳鳴りがした。

胃の奥がぎゅっと痙攣した。

――これが、彼が言っていた「仕事」。

私は震える手でスマホを取り出した。

吐き気がしても構わない。

証拠だけは残したかった。

もう二度と、偽りの優しさを演じさせないために。

だが、スマホを構えた瞬間、肘がドアに当たってしまった。

鈍い音が、静かな廊下に大きく響く。

中の動きが、ぴたりと止まった。

蓮が勢いよく顔を上げる。

鋭い視線が、まっすぐドアの方に向けられた。

そして、目が合った。

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