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婚約者が他の女に年越し料理を作ったので、別れを決めた第3話

この話は約1632字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

蓮の反応は早かった。

彼は大股でこちらに歩いてくると、私の手首を掴み、そのまま強引に社長室に引きずり込む。

――バタン。

勢いよくドアが閉まった。

さらに鍵まで掛ける。

振り返った彼の顔からは、さっきまでの狼狽は消えていた。

代わりに貼り付いていたのは、無理に取り繕った平静さだった。

「……なんでここに?」ネクタイを緩めながら、彼の視線が落ち着きなく揺れていた。「実家帰ったんじゃなかったのか?」

私は何も答えなかった。

ただ静かに、彼を見つめる。

すると蓮は、すぐに「いつもの芝居」を始めた。

「さっきのは……誤解だから。沙耶はまだ業務で分からないことが多くてさ。マナーとか動き方を教えてたんだよ。

新人だから、不器用なところあるだろ?ちょっとふざけてただけ。距離感が近すぎるって、俺もちゃんと注意したし」

私は彼を見つめながら、心の底から可笑しくなった。

――前は気づかなかった。

この人、嘘をつく時、必ず視線が右下に流れる。

その時、服を整え終えた沙耶が、こちらに歩いてきた。

唇に笑みを浮かべながら言う。

「そうですよ、桐生(きりゅう)さん。社長、いつもこうやって丁寧に教えてくれるんです。私、ほんと不器用だから、手取り足取り教えてもらわないと、全然覚えられないんです。

さっきも昨夜の案件の話してただけなんです。変な誤解しないでくださいね?」

蓮は彼女を軽く睨み、「余計なことを言うな」と目で制した。

それから再び私を見た。

私の反応を探るように。

前までの私なら、今頃、平手打ちの一つくらいしていただろう。

そして蓮と激しく言い争っていたはずだ。

でも今はただ、疲れていた。

私は二人を見て、ふっと笑う。「……そっか。それなら大変だったね。仕事なんだもん。真面目にやらなきゃ。別に責めてないよ」

その瞬間、二人とも固まった。

用意していた言い訳も、反論の言葉も、全部喉につかえたみたいだった。

蓮が信じられないという顔で私を見る。「……怒らないのか?」

「なんで怒るの?」私は袖口を整えながら、淡々と言った。「仕事してただけでしょ?浮気してたわけじゃないんだし。私は信じてるよ」

蓮の目から、一瞬で焦りが消えた。

代わりに浮かんだのは、助かったという安堵と、どこか得意げな色。

きっと思ったのだ。

――また誤魔化せた、と。

私は相変わらず、彼に従順な、都合のいい女だと。

「やっぱりお前が一番分かってくれる」蓮は笑いながら近づき、私の手を取ろうとした。

私は自然な動作で避ける。

だが彼は気づきもしない。「実家に帰ってないなら、夜は家で一緒にご飯を食べようか」

私が何も言わないでいると、沙耶はわざとらしく目を丸くしながら、口を挟んできた。

「せっかくだし、今夜うちでご飯食べません?社長、昨日ずっと料理教えてくれたんです。おかげで私、かなり上達しちゃって。

桐生さんにも食べてほしいな。社長にも褒められたんですよ?」

その言葉を聞いた途端、蓮も嬉しそうに乗っかる。「ああ、沙耶はほんと料理がうまくなったぞ。美月(みづき)もたまには外出ろよ。家にこもってばっかじゃなくてさ。

沙耶は引っ越したばかりだし、お祝いがてら行こう」

……彼は、沙耶の言葉に込められた嫌味に、まるで気づいていなかった。

いや。気づいていても、どうでもよかったのかもしれない。

彼の中では、私さえ騒がなければ、彼は何をしても許されるのだ。

女二人に気を向けられている状況すら、どこか楽しんでいるように見えた。

私は沙耶を見つめ、ゆっくり頷く。「いいよ。そこまで言うなら、ご馳走になろうかな。私も気になるし。蓮直伝の料理、どれくらい上手なのか」

その瞬間、沙耶の笑顔がわずかに固まった。

まさか私が承諾するとは思っていなかったのだろう。

蓮も少し驚いていたが、それ以上に機嫌が良さそうだった。「よし、決まり!仕事終わったら一緒に行こう」

私は目の前の二人を見ながら、心の中で冷たく笑った。

――そんなに芝居がしたいなら、最後まで付き合ってあげる。

どうせこれが、最後の舞台になるのだから。

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