婚約者が他の女に年越し料理を作ったので、別れを決めた第3話
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蓮の反応は早かった。
彼は大股でこちらに歩いてくると、私の手首を掴み、そのまま強引に社長室に引きずり込む。
――バタン。
勢いよくドアが閉まった。
さらに鍵まで掛ける。
振り返った彼の顔からは、さっきまでの狼狽は消えていた。
代わりに貼り付いていたのは、無理に取り繕った平静さだった。
「……なんでここに?」ネクタイを緩めながら、彼の視線が落ち着きなく揺れていた。「実家帰ったんじゃなかったのか?」
私は何も答えなかった。
ただ静かに、彼を見つめる。
すると蓮は、すぐに「いつもの芝居」を始めた。
「さっきのは……誤解だから。沙耶はまだ業務で分からないことが多くてさ。マナーとか動き方を教えてたんだよ。
新人だから、不器用なところあるだろ?ちょっとふざけてただけ。距離感が近すぎるって、俺もちゃんと注意したし」
私は彼を見つめながら、心の底から可笑しくなった。
――前は気づかなかった。
この人、嘘をつく時、必ず視線が右下に流れる。
その時、服を整え終えた沙耶が、こちらに歩いてきた。
唇に笑みを浮かべながら言う。
「そうですよ、桐生(きりゅう)さん。社長、いつもこうやって丁寧に教えてくれるんです。私、ほんと不器用だから、手取り足取り教えてもらわないと、全然覚えられないんです。
さっきも昨夜の案件の話してただけなんです。変な誤解しないでくださいね?」
蓮は彼女を軽く睨み、「余計なことを言うな」と目で制した。
それから再び私を見た。
私の反応を探るように。
前までの私なら、今頃、平手打ちの一つくらいしていただろう。
そして蓮と激しく言い争っていたはずだ。
でも今はただ、疲れていた。
私は二人を見て、ふっと笑う。「……そっか。それなら大変だったね。仕事なんだもん。真面目にやらなきゃ。別に責めてないよ」
その瞬間、二人とも固まった。
用意していた言い訳も、反論の言葉も、全部喉につかえたみたいだった。
蓮が信じられないという顔で私を見る。「……怒らないのか?」
「なんで怒るの?」私は袖口を整えながら、淡々と言った。「仕事してただけでしょ?浮気してたわけじゃないんだし。私は信じてるよ」
蓮の目から、一瞬で焦りが消えた。
代わりに浮かんだのは、助かったという安堵と、どこか得意げな色。
きっと思ったのだ。
――また誤魔化せた、と。
私は相変わらず、彼に従順な、都合のいい女だと。
「やっぱりお前が一番分かってくれる」蓮は笑いながら近づき、私の手を取ろうとした。
私は自然な動作で避ける。
だが彼は気づきもしない。「実家に帰ってないなら、夜は家で一緒にご飯を食べようか」
私が何も言わないでいると、沙耶はわざとらしく目を丸くしながら、口を挟んできた。
「せっかくだし、今夜うちでご飯食べません?社長、昨日ずっと料理教えてくれたんです。おかげで私、かなり上達しちゃって。
桐生さんにも食べてほしいな。社長にも褒められたんですよ?」
その言葉を聞いた途端、蓮も嬉しそうに乗っかる。「ああ、沙耶はほんと料理がうまくなったぞ。美月(みづき)もたまには外出ろよ。家にこもってばっかじゃなくてさ。
沙耶は引っ越したばかりだし、お祝いがてら行こう」
……彼は、沙耶の言葉に込められた嫌味に、まるで気づいていなかった。
いや。気づいていても、どうでもよかったのかもしれない。
彼の中では、私さえ騒がなければ、彼は何をしても許されるのだ。
女二人に気を向けられている状況すら、どこか楽しんでいるように見えた。
私は沙耶を見つめ、ゆっくり頷く。「いいよ。そこまで言うなら、ご馳走になろうかな。私も気になるし。蓮直伝の料理、どれくらい上手なのか」
その瞬間、沙耶の笑顔がわずかに固まった。
まさか私が承諾するとは思っていなかったのだろう。
蓮も少し驚いていたが、それ以上に機嫌が良さそうだった。「よし、決まり!仕事終わったら一緒に行こう」
私は目の前の二人を見ながら、心の中で冷たく笑った。
――そんなに芝居がしたいなら、最後まで付き合ってあげる。
どうせこれが、最後の舞台になるのだから。
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