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婚約者が他の女に年越し料理を作ったので、別れを決めた第1話

この話は約2706字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

大晦日の夜、婚約者の神楽蓮(かぐら れん)は、私と年越しを過ごすために帰ってこなかった。

届いたのは、冷凍年越しそばが一袋だけ。

メッセージも、たった一言。

【よいお年を】

電話を切ったばかりの私は、すぐにインスタで彼の秘書・白石沙耶(しらいし さや)が投稿した写真を目にした。

テーブルいっぱいに並んだ豪華なご馳走。添えられた文は――

【誰かさんが地元の味を食べさせたいって、一日中キッチンに立ってくれた。ありがとう、大好き】

私はもう、以前みたいに問い詰めたりはしなかった。ただ一人で、海外に行った。

私が姿を消して一日目、友人から一本の動画が送られてきた。

動画の中で、蓮は沙耶を抱き寄せながら、笑ってこう言っていた。「ただ拗ねてるだけだって。そのうち泣きながら戻ってくるって」

――そして、一か月後。

今度は蓮が、狂ったみたいに私を探し回っていた。

「そば、打てるようになったんだ。これから一生、お前のために作る。だから戻ってきて、食べてくれないか?」

でも彼は、最後まで知らなかった。

私が一番嫌いな食べ物が、そばだったことを。

* * *

大晦日の夜、婚約者の神楽蓮(かぐら れん)は、私と年越しを過ごすために帰ってこなかった。

届いたのは、冷凍年越しそばが一袋だけ。

メッセージも、たった一言。

【よいお年を】

電話を切ったばかりの私は、すぐにインスタで彼の秘書・白石沙耶(しらいし さや)が投稿した写真を目にした。

テーブルいっぱいに並んだ豪華なご馳走。添えられた文は――

【誰かさんが地元の味を食べさせたいって、一日中キッチンに立ってくれた。ありがとう、大好き】

私は画面を見つめた。

写真の隅に、男の手が映り込んでいる。

見間違えるはずがない。蓮の手だった。

手首には、去年、私が節約してやっと買った腕時計。

料理はどれも美味しそうで、丁寧に作られていた。

魚の照り焼き、ガーリックシュリンプ、湯気の立つクラムチャウダー。

画面越しなのに、湯気の匂いまで漂ってくる気がした。

それに比べて、私の目の前にあるのは冷凍そば。袋にはまだ白い霜が張り付いている。

湯が沸き、私はそばを鍋に入れた。

けれど火加減を間違えたのか、麺はうまくほぐれず、ところどころ固まったまま鍋の中で絡み合っていく。

つゆも薄く、出汁の味がほとんどしなかった。

私は箸で無理やり麺を持ち上げ、そのまま口に運んだ。

麺は芯が残っていてぼそぼそしていて、冷凍特有の粉っぽさまで残っていた。

まともに味なんてしない。

その瞬間、胃の奥がぐっとせり上がってきた。

私は慌ててトイレに駆け込み、吐いた。

最後には胃液しか出なかった。

スマホが震える。

また沙耶の投稿だった。

今度は動画。

夜空いっぱいに広がる花火。

蓮は沙耶の隣に立ち、目を閉じて両手を合わせ、願い事をしている。

周囲には大勢の人。

沙耶の親戚たちだとすぐ分かった。

誰かが囃し立てる。

「蓮くん、本当にいい人ねぇ。沙耶ちゃんとお似合いじゃない!」

「ほんとほんと。で、いつめでたい報告を聞かせてくれるの?」

蓮は横目で沙耶を見て、優しく笑った。

そして、風で乱れた彼女の髪をそっと直す。

動画はそこで終わった。

私はスマホを強く握り締める。

――これが、彼の言う「残業」。

私はふらつく足取りでダイニングに戻った。

キッチンには、今日一日かけて準備した食材がそのまま残っている。

洗っておいた野菜。

下ごしらえまで済ませた具材。

彼が帰ってきたら、一緒に温かい年越しそばを作ろうと思っていた。

並んで湯気の立つ鍋を囲んで、「今年もお疲れさま」って笑い合うはずだった。

……なのに。

今となっては、全部ただの独り芝居だ。

私はスマホを取り出し、伸びきって汁を吸ったそばの鍋を撮った。

さらに、調理前の食材が並ぶキッチンも写真に収める。

そのままインスタに投稿した。

【七年の恋も、この伸びきったそばみたい。見た目だけ整ってても、もうとっくに駄目になってた】

投稿を終えると、私は鍋の中身を汁ごとゴミ箱に流し込んだ。

用意していた食材も、全部まとめて捨てる。

腐ったものは、捨てるしかない。

五分もしないうちに、蓮から電話がかかってきた。

開口一番、怒鳴り声だった。「なにあの投稿?大晦日だってのに、揉め事を起こしたいわけ?俺が外で必死に働いてるのは全部将来のためだろ?それを家で嫌味とか、ほんと勘弁してくれ」

必死に働く?

沙耶の家で料理して、一緒に花火を見ることが?

私は黙ったままだった。

私が言い返せないと思ったのか、蓮の口調はさらに強くなった。「また俺のこと探ってたのか?監視されてるみたいで息苦しいんだけど。とにかく投稿消せ。会社の人間に見られたら面倒だろ」

私は彼の言葉の隙間に、静かに割り込んだ。「……明日、実家に帰るね」

蓮は一瞬黙り込んだ。

だが次の瞬間には、いつもの冷たい声に戻る。「こっちもまだ用事あるんだ。お前の相手してる暇ない」

吐き捨てるようにそう言って、彼は一方的に通話を切った。

耳元には、無機質な発信音だけが虚しく響いていた。

私はスマホをソファに放り投げた。

胸につかえていた重い石が、ようやく落ちた気がした。

――これが、七年間愛した男。

私は立ち上がり、寝室に向かう。

クローゼットからキャリーケースを引っ張り出し、荷物を詰め始めた。

服。靴。スキンケア用品。

無心で詰め込んでいた途中、ふと手が止まる。

脳裏によみがえったのは、半月前の光景。

仕事帰り、マンションの廊下で煙草の匂いがした。

非常階段の扉が少し開いていて、私はなぜか気になって覗いてしまった。

蓮が、沙耶を壁に押し付けてキスしていた。

息もできないほど激しく。

沙耶の手は彼のシャツの中に入り、蓮は彼女の腰を強く抱き寄せている。

二人とも夢中で、数メートル先に立つ私には気づきもしなかった。

あの時、私はどうした?

逃げたのだ。

エレベーターに駆け込み、見なかったことにした。

見間違いだと自分に言い聞かせた。

ただの気まぐれだと、一時の遊びだと。

今思えば、本当に惨めだ。

あの時、平手打ちして別れるべきだった。

ここまで耐えて得たものなんて、自分への嫌悪感だけ。

私は最後の一着をスーツケースに押し込み、勢いよく閉じた。

部屋を見渡す。

この家に住んで、もう五年になる。

壁のアートも、ソファのクッションも、ベランダの植物も、全部、私が少しずつ整えてきたものだった。

でも今は、全部が虚しく見える。

私はスーツケースを玄関に置いた。

ふと壁のカレンダーに目をやる。

明日は元日。新しい一年の始まり。

――確かに、人生をやり直すにはちょうどいい日かもしれない。

私はスマホを取り出し、実家に向かう新幹線の切符を予約した。

一番早い便。

もう決めたのだ。

ここには、一秒だって長くいたくなかった。

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