婚約パーティーで元カノを選んだ男を捨てました第3話
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席を立ち、ドレスの裾を持ち上げてステージへ向かうと、瑛司も後ろからついてきた。会場中の視線が、私たちに集まっている。
司会者はマイクを手に、笑顔で立っている。
「婚約の証を交換する前に、まずはお二人で、お祝いのケーキにナイフを入れていただきましょう!」
5段の大きなケーキが運ばれてきた。
瑛司は私の手を取り、銀色のケーキナイフを握った。
瑛司の手のひらは熱いのに、私の手は冷え切っている。
「琴乃、さっきは悪かった。俺の不注意だった」
瑛司が耳元で声を潜めた。
「終わったら、琴乃がいちばん好きな店に連れていく」
手を振りほどかず、ただケーキを見つめた。
「いい。早くお母さんと病院に戻りたい」
私が素直に喜ばないのが気に入らないのか、瑛司は眉をひそめたが、それ以上は何も言わず、ナイフを握る手に力を込めた。
ケーキにナイフを入れようとした、そのときだった。
会場のどこかから突然、声が上がった。
「美梨、どうしたの?」
振り向くと、美梨が胃のあたりを押さえ、血の気の引いた顔で椅子に倒れ込んでいる。
そばにいる親戚たちは、すっかり取り乱している。
瑛司の動きが止まり、銀色のケーキナイフが音を立ててワゴンの上に落ちた。次の瞬間には、迷いなく私の手を離し、ステージから飛び降りて美梨のもとへ駆け寄っていた。
「どうした?」
焦りを隠そうともしない声だった。
「わからない。急にお腹が痛いって言い出して、もう耐えられないって……」
瑛司は美梨を抱き上げた。
「控室へ連れていく」
美梨を抱いたまま、大股で控室へ向かっていった。
会場がしんと静まり返った。
みんなは顔を見合わせたまま、どうしていいかわからずにいる。司会者もステージの上で固まり、マイクを持ったまま次の言葉が出てこない。
最前列の母は顔から血の気が引き、肘掛けを強く握ったまま、小さく震えている。
私はステージに立ったまま、瑛司が美梨を抱いて廊下の奥へ消えていくのを見つめた。
スポットライトが私一人だけを照らしている。ひどく滑稽な光景だった。
「雨宮様、これは……」
司会者が、気まずそうに私を見た。
ワゴンに落ちたケーキナイフを拾い、紙ナプキンで柄を拭った。
「大丈夫です。私一人で切ります」
ケーキナイフを握ると、表情を変えず、迷うことも手を止めることもなく、大きなケーキに刃を入れた。
会場から、まばらな拍手が起こった。
ケーキを切り分けて皿に1切れ載せ、ステージを下りると、そのまま母に差し出した。
「お母さん、食べてみて。甘いよ」
母は目を赤くして、私を見つめた。
「琴乃ちゃん、瑛司くんは……」
「友達の具合が悪くなったから、様子を見に行っただけだよ」
笑顔でその言葉を遮った。
「気にしないで。ほら、ケーキ食べて」
母は震える手で皿を受け取った。大粒の涙が、クリームの上にぽろぽろと落ちた。
紙ナプキンで、母の頬を伝う涙を拭った。
「お母さん、今日は私の婚約パーティーだよ。どうして泣くの?」
母は声を詰まらせ、何も答えられなかった。
振り向き、近くにいたスタッフを手招きした。
「控室を見てきていただけますか。瑛司に、何か必要なものがないか聞いてください」
スタッフはうなずき、急いで控室へ向かった。
ほどなくして、ピンク色の保温ボトルを手に戻ってきた。
「雨宮様、榊原様から、篠崎様がお腹を痛めているので、このボトルに水を入れ、痛み止めと一緒に持ってきてほしいとのことです」
その保温ボトルを見つめた。
それは今日のために買ったものだ。パーティーの間に喉を潤せるよう、水を入れておくつもりだった。自分で描いたキャラクターのシールも貼ってある。それが今では、美梨のためのものになっている。
「わかりました。お願いします」
スタッフは保温ボトルを手に、再び控室へ向かった。
会場のスクリーンには、婚約記念に撮った写真が繰り返し映し出されている。
写真の中の瑛司は、かつてあれほど愛おしそうに私を見つめていた。
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