婚約パーティーで元カノを選んだ男を捨てました第1話
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婚約パーティーが始まる3時間前。
榊原瑛司(さかきばら えいじ)は私の婚約指輪を手に取り、元恋人・篠崎美梨(しのざき みり)の指にはめた。
「美梨は指が細いから、緩くないか試してもらっただけだ」
抗がん剤治療を終えたばかりの母・雨宮和恵(あまみや かずえ)は、帽子をかぶって招待客の席に座り、親戚に笑顔で話していた。
「琴乃ちゃんにも、やっと大切にしてくれる人ができたのよ」
ところが控室では、美梨が手を上げ、指輪を明かりにかざした。
「瑛司、やっぱり私のほうが似合うと思わない?」
瑛司は眉をひそめたが、指輪を外せとは言わなかった。代わりに、低い声で美梨をなだめた。
「わがまま言うなよ。今日は俺たちの婚約パーティーなんだぞ」
美梨はみるみる目を潤ませた。
「最初の指輪は、私にくれるって言ったのに」
瑛司は少し黙ったあと、手を伸ばして美梨の涙をぬぐった。
私はドアの前に立ったまま、昨夜のことを思い出した。
母は私の手を握り、こう言った。
「琴乃ちゃん、もう長くは一緒にいられないかもしれない。せめて琴乃ちゃんが家庭を持つ日だけは、この目で見届けたいの」
だから、私は耐えた。
二人のもとへ歩み寄り、指輪を返してほしいと手を差し出した。すると美梨は突然、瑛司の胸元へ逃げるように身を引いた。
その拍子に美梨がシャンパンタワーにぶつかり、指輪がその指から滑り落ちた。
積み上げられたグラスが大きな音を立てて崩れ、指輪も破片の中へ転がっていった。破片の中の指輪を拾おうと手を伸ばした瞬間、ガラスで手のひらを切った。
瑛司は血のにじむ私の手には目もくれず、真っ先に美梨をかばった。
「琴乃、こんな日に何やってるんだ?」
手のひらに目を落とすと、傷口から血が流れていた。
指輪は割れたグラスの破片に埋もれ、もう輝きを失っていた。
そこで初めて気づいた。一度でもほかの誰かの指にはまったものは、もう私のものではない。
* * *
「琴乃、今は怒ってる場合じゃないだろ?」
瑛司の低い声には、かすかな苛立ちがにじんでいた。美梨を背後にかばったまま、床に散らばったガラス片に目を落とした。
私はまだ血の滴る手のひらを見つめたまま、何も答えなかった。
美梨は瑛司の背後から、泣きそうな声で言った。
「瑛司、ごめんなさい。わざとじゃないの。琴乃さんに指輪を返そうとしただけなのに、急に手を伸ばしてきたから、びっくりして落としちゃって」
そう言いながら、瑛司のスーツの袖をそっと引いた。
瑛司は美梨のほうへ向き直ると、ポケットからハンカチを取り出し、シャンパンのついた手を丁寧に拭いた。
「大丈夫だ。怪我がなくてよかった」
怯えた子どもをなだめるような、優しい口調だった。
美梨の手を拭き終え、瑛司はようやく私に目を向けた。手のひらから流れる血に気づくと、わずかに眉をひそめた。
「化粧室で洗ってきたほうがいい。このあと人前に出るんだから」
痛くないかとも聞かず、医者を呼ぼうともせず、ただこのあとの予定を淡々と告げただけだった。
私は小さくうなずき、化粧室へ向かった。
「待て」
背後から瑛司の声がした。
足を止めたが、振り返らなかった。
「指輪は割れたグラスの破片に埋もれている。探すのに時間がかかるし、縁起も悪い。
秘書に、下のジュエリーショップで間に合わせのリングを買ってこさせる。
どうせ形だけの儀式なんだ。そんなにこだわるなよ」
鏡に映る自分の青白い顔を見つめた。
あのピンクダイヤの指輪は、半年かけて自分でデザインし、何度も工房へ足を運んでようやく完成させた特注品だった。内側には、二人の名前の頭文字も刻まれている。
それなのに、瑛司は適当な指輪で間に合わせればいいと言う。
「わかった」
小さな声で答えた。言い争いもせず、問い詰めもしなかった。
私があっさり引き下がると、瑛司は満足そうに近づき、頭を撫でようと手を伸ばした。
「今日はずいぶん聞き分けがいいな。美梨は最近、気持ちが不安定なんだ。少しくらい大目に見てやってくれ」
私は顔を背け、その手を避けた。
瑛司の手が宙で止まり、その目がわずかに曇った。
「まだ怒ってるのか?」
「怒ってない」
蛇口をひねり、傷口に冷たい水を流す。
「早く済ませたいだけ。お母さんが外で待ってるから」
母の話をすると、瑛司の表情がわずかに和らいだ。
「お母さんには俺から声をかけておく。手当てが済んだら戻ってこい。あまりみんなを待たせるなよ」
そう言い残し、美梨を連れて出ていった。
化粧室に残されたのは、私一人だけだ。蛇口から流れる水の音だけが響いている。
手のひらの深い傷を見つめ、ペーパータオルを一枚取り、少しずつ水気を拭った。
痛くない。本当に、痛くない。
10分後、秘書が息を切らして私のもとへやって来た。
「雨宮さん、社長からです」
差し出されたのは、ロゴのないベルベットの箱だった。
箱を開けると、中には何の飾りもない銀色のリングが入っていた。
ダイヤも刻印もなく、サイズまでひと回り大きかった。
「時間がなくて、これしか用意できなかったとのことです」
秘書はおずおずと、私の顔色をうかがっていた。
「わかりました。お礼を伝えてください」
そのリングを薬指にはめた。ぶかぶかで、少し動くだけでも指から滑り落ちそうだった。
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