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婚約パーティーで元カノを選んだ男を捨てました第1話

この話は約2109字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

婚約パーティーが始まる3時間前。

榊原瑛司(さかきばら えいじ)は私の婚約指輪を手に取り、元恋人・篠崎美梨(しのざき みり)の指にはめた。

「美梨は指が細いから、緩くないか試してもらっただけだ」

抗がん剤治療を終えたばかりの母・雨宮和恵(あまみや かずえ)は、帽子をかぶって招待客の席に座り、親戚に笑顔で話していた。

「琴乃ちゃんにも、やっと大切にしてくれる人ができたのよ」

ところが控室では、美梨が手を上げ、指輪を明かりにかざした。

「瑛司、やっぱり私のほうが似合うと思わない?」

瑛司は眉をひそめたが、指輪を外せとは言わなかった。代わりに、低い声で美梨をなだめた。

「わがまま言うなよ。今日は俺たちの婚約パーティーなんだぞ」

美梨はみるみる目を潤ませた。

「最初の指輪は、私にくれるって言ったのに」

瑛司は少し黙ったあと、手を伸ばして美梨の涙をぬぐった。

私はドアの前に立ったまま、昨夜のことを思い出した。

母は私の手を握り、こう言った。

「琴乃ちゃん、もう長くは一緒にいられないかもしれない。せめて琴乃ちゃんが家庭を持つ日だけは、この目で見届けたいの」

だから、私は耐えた。

二人のもとへ歩み寄り、指輪を返してほしいと手を差し出した。すると美梨は突然、瑛司の胸元へ逃げるように身を引いた。

その拍子に美梨がシャンパンタワーにぶつかり、指輪がその指から滑り落ちた。

積み上げられたグラスが大きな音を立てて崩れ、指輪も破片の中へ転がっていった。破片の中の指輪を拾おうと手を伸ばした瞬間、ガラスで手のひらを切った。

瑛司は血のにじむ私の手には目もくれず、真っ先に美梨をかばった。

「琴乃、こんな日に何やってるんだ?」

手のひらに目を落とすと、傷口から血が流れていた。

指輪は割れたグラスの破片に埋もれ、もう輝きを失っていた。

そこで初めて気づいた。一度でもほかの誰かの指にはまったものは、もう私のものではない。

* * *

「琴乃、今は怒ってる場合じゃないだろ?」

瑛司の低い声には、かすかな苛立ちがにじんでいた。美梨を背後にかばったまま、床に散らばったガラス片に目を落とした。

私はまだ血の滴る手のひらを見つめたまま、何も答えなかった。

美梨は瑛司の背後から、泣きそうな声で言った。

「瑛司、ごめんなさい。わざとじゃないの。琴乃さんに指輪を返そうとしただけなのに、急に手を伸ばしてきたから、びっくりして落としちゃって」

そう言いながら、瑛司のスーツの袖をそっと引いた。

瑛司は美梨のほうへ向き直ると、ポケットからハンカチを取り出し、シャンパンのついた手を丁寧に拭いた。

「大丈夫だ。怪我がなくてよかった」

怯えた子どもをなだめるような、優しい口調だった。

美梨の手を拭き終え、瑛司はようやく私に目を向けた。手のひらから流れる血に気づくと、わずかに眉をひそめた。

「化粧室で洗ってきたほうがいい。このあと人前に出るんだから」

痛くないかとも聞かず、医者を呼ぼうともせず、ただこのあとの予定を淡々と告げただけだった。

私は小さくうなずき、化粧室へ向かった。

「待て」

背後から瑛司の声がした。

足を止めたが、振り返らなかった。

「指輪は割れたグラスの破片に埋もれている。探すのに時間がかかるし、縁起も悪い。

秘書に、下のジュエリーショップで間に合わせのリングを買ってこさせる。

どうせ形だけの儀式なんだ。そんなにこだわるなよ」

鏡に映る自分の青白い顔を見つめた。

あのピンクダイヤの指輪は、半年かけて自分でデザインし、何度も工房へ足を運んでようやく完成させた特注品だった。内側には、二人の名前の頭文字も刻まれている。

それなのに、瑛司は適当な指輪で間に合わせればいいと言う。

「わかった」

小さな声で答えた。言い争いもせず、問い詰めもしなかった。

私があっさり引き下がると、瑛司は満足そうに近づき、頭を撫でようと手を伸ばした。

「今日はずいぶん聞き分けがいいな。美梨は最近、気持ちが不安定なんだ。少しくらい大目に見てやってくれ」

私は顔を背け、その手を避けた。

瑛司の手が宙で止まり、その目がわずかに曇った。

「まだ怒ってるのか?」

「怒ってない」

蛇口をひねり、傷口に冷たい水を流す。

「早く済ませたいだけ。お母さんが外で待ってるから」

母の話をすると、瑛司の表情がわずかに和らいだ。

「お母さんには俺から声をかけておく。手当てが済んだら戻ってこい。あまりみんなを待たせるなよ」

そう言い残し、美梨を連れて出ていった。

化粧室に残されたのは、私一人だけだ。蛇口から流れる水の音だけが響いている。

手のひらの深い傷を見つめ、ペーパータオルを一枚取り、少しずつ水気を拭った。

痛くない。本当に、痛くない。

10分後、秘書が息を切らして私のもとへやって来た。

「雨宮さん、社長からです」

差し出されたのは、ロゴのないベルベットの箱だった。

箱を開けると、中には何の飾りもない銀色のリングが入っていた。

ダイヤも刻印もなく、サイズまでひと回り大きかった。

「時間がなくて、これしか用意できなかったとのことです」

秘書はおずおずと、私の顔色をうかがっていた。

「わかりました。お礼を伝えてください」

そのリングを薬指にはめた。ぶかぶかで、少し動くだけでも指から滑り落ちそうだった。

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