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婚約した後、私は中絶を決めた第2話

この話は約1657字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

あの日、病院を出てから数日間、私は一矢と一切連絡を取らなかった。

ただ、SNSでは彼の動向をよく見かけた。

彼は友人たちと毎晩のように深夜のバーやカラオケに出入りし、隣にいる女の子たちはみな若くて美人で、活発そうだった。

きっと、これが彼の望んでいた生活なんだろう。

家の荷物を整理し始め、いよいよ出ていこうとしたとき、彼が若い女の子を抱いて玄関先に現れた。

一矢は一瞬呆然とし、反射的にその子から手を離した。

けれども「記憶喪失」という設定を思い出したのか、今度は堂々とその子の腰に手をまわした。

「ここはたしか、俺の家だよな。俺の許可なしに勝手に入るなんて、不法侵入ってやつ?」

私はスーツケースの取っ手を強く握りしめた。

この部屋は確かに一矢名義の家。

でも、私たちが一緒に準備してきた結婚のための新居でもあった。

つまり彼はこの新居で、別の女とあんなことをするつもりなんだ。

私がまだ口を開かないうちに、彼はさらに言葉を重ねた。

「まあ、お前が元・婚約者って話もあるし、今回だけは大目に見てやるよ。次からは無断で入るなよ」

私は彼をじっと見つめ、小さく答えた。

「はい、もう来ません。さようなら」

もう二度と、この部屋に戻ることはない。

これで全ての縁を断ち切れる。

スーツケースを引いて立ち去ろうとしたそのとき、彼に抱かれていた女の子が唐突に口を開いた。

「一矢さん、そのスーツケースに何が入ってるかわかんないよ。中身をちゃんと確認しないと!」

さっきまで私を追い出そうとしていた一矢は、すぐに態度を変えた。

くるりと向き直り、私のスーツケースを掴んだ。

「おお、そうだったそうだった!よく気づいてくれたな。この貧乏人、俺の大事な物を盗んだら大変だ」

彼は力任せにスーツケースを引っ張り、床に叩きつけようとした。

これは、私にとって最後のプライドだった。

私は必死に抵抗した。

「これは私個人の持ち物よ、何をするの!?」

一矢の目が怒りに染まる。

「お前、俺の家から出て行こうとしてるんだぞ?手癖が悪くて何か盗んだんじゃないかって疑うのは当然だろうが!」

その瞬間、全身が凍りついた。

この人にとって、私はそんなふうに見えていたんだ。

彼はついにスーツケースを奪い取り、私の力ではもう止められなかった。

中の衣類が床に散らばる。

それを見て、私はふっと力を抜いた。

「あんたのものなんて一つもないって、これで分かった?」

隣にいた福地康花(ふくち やすか)が口を押えて笑った。

「こんなダサくてボロい服着てるとか、田舎者丸出しね」

一矢も笑い出す。

「当たり前だろ、こいつは田舎から出てきた野良娘だ。お前みたいにおしゃれで可愛い子とは大違いだよ」

二人の言葉は、私をまるで汚物のように貶めた。

そして、散らばった衣類。

それは、私の最後の想い出の象徴でもあった。

「片付けるよ」

私は静かに、その中から一番古びた服を何着か拾い上げ、残りはすべてゴミ箱へ捨てた。

一矢が少し慌てた表情を浮かべる。

あの服たちは、彼がかつて私に買ってくれたものだった。

中には、一着の純白のウェディングドレスもあった。

私が、結婚式のために早々と選んだ大切な一着。

「こんなにたくさんの服、全部捨てるつもりか?ウェディングドレスまで――」

私は淡々と彼を見やり、手に持ったライターをゴミ箱に放り込んだ。

数秒後、炎が勢いよく燃え上がった。

「もう要らない。全部、無駄になったから」

私は炎が落ち着くまでじっと見届けてから、ようやくその場を後にした。

薄暗い街灯の下、一矢の表情は読めなかった。

私の背中が通りの角に消えかけたその時、彼が私の手首を掴んできた。

「たとえ俺が記憶喪失でお前のことを思い出せなくても、自暴自棄になっちゃダメだろ?もしかしたら、いつか記憶が戻るかもしれないんだぞ?」

私は冷たい笑みを浮かべた。何も言わず、その手を強く振り払った。

この時初めて、彼が婚前に「記憶喪失ごっこ」をしてくれてよかったと、少しだけ思った。

もし結婚後にこれほどの仕打ちを受けていたとしたら……私はきっと、本当に立ち直れなかっただろうから。

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