婚約した後、私は中絶を決めた第3話
この話は約1630字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
出ていったあの日、私はホテルに一泊した。
翌日、不動産仲介を通じて、小さな部屋を借りた。
もう一矢と関わることはないと思っていた。
まさか、自分が妊娠しているとは思いもしなかった。
朝から少し何かを口にしただけで、吐き気が止まらなかった。
病院で検査を受けた時、運悪く一矢と彼の兄弟姉妹たちに出くわした。
その場から離れようとしたけれど、思わず足が止まってしまった。
彼らは次々に私を取り囲み、軽蔑の色を浮かべて見下してきた。
「田舎から出てきた小娘が、本気で細井家に嫁げるとでも思った?」
「あんたが何をしたのか知らないけど、一矢はあんたにメロメロで、細井家と縁を切ってまであんたを選んだ。でもようやく目が覚めたわけだ!」
「見ろよ、手に持ってるの妊娠のエコー写真じゃない?」
当時、一矢が私のために家族と決裂したこともあり、細井家の人間は誰一人として私のことを好いていなかった。
あっという間に、さっき病院で受け取ったばかりの診断書を奪われ、嘲笑の嵐が降りかかった。
「ほんとに下品な女。一矢に捨てられたばっかりなのに、偽のエコー写真まで作って、妊娠したふり?」
「細井家にしがみつこうったって、無駄だぞ」
「言っとくけど、俺たちがいる限り、お前が細井家に嫁ぐなんてありえないぜ?一矢は今、福地家の娘とラブラブなんだから、諦めな!」
私は力づくで彼らの束縛を振りほどき、細井悦子(ほそい えつこ)の手からエコー写真を奪い返した。
ちょうど検査を終えた一矢がその場に現れ、私を見ると一瞬驚いたが、すぐに嘲るように笑った。
「まさか病院まで俺を追って来たのか?どれだけ俺のこと好きなんだよ」
「まぁいいや、今日は機嫌がいいから、お前にチャンスをやる。俺の気持ちを動かせたら、彼氏になってやってもいいぜ?」
私は黙っていた。
すぐに悦子が事情を話すと、彼は私の手にあるエコー写真を見て、ようやく状況を理解した。
「へえ、大した度胸だな。医者を買収して、偽の妊娠診断書を手に入れたのか?子供をダシに地位を手に入れようってか?」
「でも残念、俺は父親になる覚悟なんてないから。まずは彼女からってことでどう?」
私は目を閉じて、思わず笑ってしまった。
もう何を期待していたのか、分からなくなっていた。
「そこまでしなくていい。私は一度も、子供を使って地位を手に入れようなんて思ったことないし、あんたの彼女になるつもりもないわ」
五年前、先に口説きしたのは一矢の方だった。
彼が金持ちなのは知っていたから、五年間、彼がくれたプレゼントに対しては、いつも同等のものを返すようにしていた。
一円も借りを作らず、一切の得も取らなかった。
私は彼を愛していたから、自分の気持ちが汚れないようにしたかった。
だからこそ、この関係がより安定し、長続きすると思っていた。
少なくとも、彼が記憶喪失を装うまでは——私は本気でそう信じていた。
けれど今になってようやく分かった。
一矢の心の中では、私は最初から「金持ちにすり寄る女」でしかなかった。
田舎出身の女が身の程知らずに夢を見ている。
そんな風に思っていたから、
あんなふざけた記憶喪失劇を始めたのだ。
すべてを理解し、私は彼に淡々と視線を送った。
彼は気まずそうに目をそらし、私と目を合わせようとしなかった。
「はいはい、わかったよ。お前が俺をどれだけ好きかも十分わかった。だから仕方なく彼氏になってやるよ。ただし、記憶が戻るまでは結婚しないけどな」
彼の中では、私は少し優しくされるだけで舞い上がる、そんな女だったのだろう。
だが、それは私が彼を心から愛していたから。
彼のちょっとした仕草一つで幸せになれた、それだけだった。
でも、もう違う。
私は丁寧に断った。
「ありがとう。でも大丈夫。もう彼女がいるでしょ?部外者は退散するわ」
背を向けて立ち去る。
彼の視線が、ずっと私に注がれているのを感じながら。
「怜奈……」
一矢が何かを言おうとしたが、後ろから悦子が彼の服の裾を掴んで引き止めた。
「早く帰ろ?康花が待ってるよ」
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