娘に三発撃った夫を、私はもう愛せない第2話
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そのひと言に、病室が静まり返った。
博之の眉間に皺が寄り、指先が知らず知らずのうちに強張った。
明美の顔色が見る間に険しくなり、ベッドの上で意識を失っている晴菜を指差して怒鳴った。
「そんな足手まといを連れて、離婚した後で誰があんたの面倒を見てくれるっていうの!私が面倒を見るなんて、あてにしないでよ!」
麻実は静かに答えた。
「私の娘は、自分で育てます。誰の助けもいりませんから」
ドアを開け、まるで赤の他人にでも向けるような、よそよそしい声で言い放つ。
「晴菜には静かな環境が必要なんです。出て行ってください」
博之が大股で踏み出し、彼女の手首を掴んだ。その瞳の奥には、本人すら気づいていない深い動揺がはっきりと滲んでいた。
「お前……っ」
綾子が涙声で口を開いた。
「麻実、こんなことまでして、晴菜をちゃんと見ていなかった私を責めたいの?」
麻実は氷のように冷え切った目で姉を見据えた。
「最初に人質にされたのはあなただけだったでしょ。晴菜までわざと巻き込んだんでしょう」
博之の表情が一瞬で凍りつき、麻実の手を乱暴に振り払って言い捨てた。
「馬鹿げてる」
麻実は目を伏せ、手首に残る赤い痕を見つめ、自嘲するようにふっと笑いを漏らした。
明美は彼女を指差し、怒りに震えていた。
「あんたの心はどこまで腐ってるの!?実の姉さんのことを、そんな風に思うなんて!」
綾子は目を赤く腫らし、しゃくり上げるような涙声を漏らした。
「ここ数年、博之に迷惑をかけてきたのはわかってる。でも彼がいなかったら、私ひとりでどうやって生きていけばよかったのか……本当にわからなかったの」
言い終えるなり、綾子は身を翻し、病室を飛び出していった。
博之がひどく心配そうな顔つきになり、すぐさまその後を追う。
「綾子……っ!」
明美は胸を痛めたような顔をすると、振り返って麻実を憎々しげに睨みつけ、腕を掴んで無理やり連れ出しながら、鋭く言った。
「早く綾子に謝りなさい!許してもらえるまで、ちゃんと頭を下げるのよ!」
麻実は抵抗する間もなく、明美に屋上まで引きずられていった。
綾子は屋上の縁に立ち、今にも落ちそうにふらついている。
博之は少し離れた場所から、いつも冷静沈着なはずの声を、初めてこれほどまでに乱しながら叫んでいた。
「綾子、早まるな。こっちへ降りてこい……!」
明美はそれを見て、ぼろぼろと涙を流しながら訴えかけた。
「お願いだから降りてきて。お願いだから……!」
そして鬼のような形相で振り返り、麻実の髪を強く掴んで、地面へ無理やり跪かせ、金切り声を上げた。
「この薄情者!早く姉さんに謝りなさい!」
頭皮が引きちぎられるような激痛とともに、麻実の膝が硬い地面に強く打ちつけられた。
古傷が疼き、目の前が真っ暗になる。
これまでも、麻実が少しでも姉の機嫌を損ねるたび、明美は理不尽に彼女をリビングの床に跪かせて罰してきた。
長年の積み重ねで両膝はとうに傷んでおり、跪くたびに骨の髄まで刺すような鋭い痛みが走る。
両脚の激しい痛みで立ち上がることもできず、麻実はそのまま何度も地面に頭を下げさせられた。
明美は麻実の髪をしっかりと掴んだまま、半狂乱になって泣きながら、綾子に向かって叫んだ。
「綾子、こっちを見て!麻実がちゃんと頭を下げて謝ってるから。お願い、降りてきて!」
額が無理やり地面に打ちつけられ、皮膚が破れて生暖かい血が流れ出す。麻実の視界の端がじわりと赤く染まっていく。
痛みに耐えながら、彼女はゆっくりと顔を上げた。振り向いた綾子の瞳には、幼い頃から見慣れた勝ち誇ったような笑みがはっきりと浮かんでいる。
そして次の瞬間、綾子は一切のためらいも見せることなく、ふわりと宙へ身を投げた。
博之は考える間もなく、猛然と屋上の縁へ駆け寄ると、そのまま綾子を追って飛び降りた。落ちていく彼女をとっさに抱き止め、その屈強な腕でかばうように抱き込んだ。
麻実は目の前で繰り広げられるその光景を、ただ呆然と見つめていることしかできなかった。ふと、屋上を吹き抜ける冷たい風の音が、どこか遠くへ遠ざかっていくように感じられる。
……自分の夫は今この瞬間も、別の女のために命を懸けているのだ。
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