妻の座は親友に譲ります。復縁はお断り!第2話
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義母は値踏みするような冷たい視線を私に向けた。
「智景の隣に立つ女性は、家柄も教養も申し分ないお嬢様でなければならないの。
あなたみたいな出自の人が、茜ちゃんのお友達でなければ、篠原の家と関わることなんて一生なかったでしょうね」
そして、ひどく残酷な提案を口にした。
「でも、せっかく茜ちゃんの大親友なのだから、二人の結婚式ではぜひブライズメイドを務めてちょうだいね」
私は無言で智景を見た。
彼は茜のグラスに水を注ぐのに夢中で、私の方など一瞥もくれなかった。
帰り際、智景は当然のように高級ブランドのドレスカバーを私に押し付けてきた。
「これ、茜が明日着る予定のドレスだから。帰り道にクリーニング屋に出しておいてくれ」
私は何も言い返さず、それを受け取った。
彼に背を向け、一人で帰る道すがら、私はスマートフォンを取り出した。
3年前に彼との結婚のために辞退した、遠方の都市でのビッグプロジェクト。その責任者だった人物の連絡先を呼び出し、メッセージを打ち込む。
【結城社長、ご無沙汰しております。以前お話しいただいたチーフデザイナーのポジションですが、まだ空きはございますでしょうか?】
送信ボタンを押した瞬間、私の中で何かが完全に冷え切ったのがわかった。
……
数日後、事態はさらに信じられない方向へ動いた。
すっかり茜を「未来の嫁」だと信じ込んだ義父母は、結婚式の準備を主導するため、なんと私と智景が暮らす都心のマンションへ数日間滞在すると言い出したのだ。
それを知った智景は、私に冷酷な命令を下した。
「母さんが数日マンションに寝泊まりすることになった。俺たちが結婚している痕跡を、完全に消しておいてくれ」
彼の指示通り、自分の私物を片付けるために主寝室の扉を開けた私は、思わず立ち尽くした。
壁に飾られていたはずの私たちのウェディングフォトは、すでに取り外されていた。
代わりに飾られていたのは、智景と茜が雪山のふもとで寄り添う旅行の写真だった。
茜が彼の肩に頭を乗せ、幸せそうに笑っている一枚。
――その写真をカメラを構えて撮ったのは、他でもない私なのに。
私がこだわって選んだベッドカバーも、オーダーメイドのカーテンも、リビングの食器もすべてそのままだった。
後日、マンションにやってきた義母は、私が窯元で買い付けた手作りの陶器の皿を撫でながら、感嘆の声を上げた。
「本当に茜ちゃんはセンスが良いわねえ。
部屋のインテリアも温かみがあって素敵。智景、こんなに家庭的な奥さんをもらえてあなたは幸せ者ね」
このマンションの空間デザインも、家具の配置も、すべて私が彼との生活を夢見て一から作り上げたものだ。
智景はその事実を痛いほど知っているはずなのに、ただ嬉しそうに笑って頷いた。
「ええ。彼女が俺たちのために、一生懸命選んでくれたものですから」
義母はウォークインクローゼットを開けるなり、そこに女性物の服が並んでいるのを見て眉をひそめた。
すかさず智景が、「ああ、それは以前ここに居候していた遠縁の女の忘れ物です」と取り繕うように嘘をついた。
それを信じた義母は、「茜ちゃんの服をしまう邪魔になるわ」と文句を言い、ただの使い走りだと思っている私に、その「居候の女」の荷物をすべて処分するよう命じたのだ。
彼女はハンガーにかかっている私の服を次々と乱暴に引きずり下ろし、床に広げたスーツケースへと無造作に放り投げた。
私の大切な服や、結婚記念日のプレゼント……この三年間で築き上げてきた生活の痕跡のすべてが、まるでゴミのように扱われていく。
その時、荷物の隙間から一つの写真立てが滑り落ちた。中に入っていたのは、私と智景が婚姻届を提出した日に撮った記念写真だ。
義母が「あら?」と身をかがめようとした瞬間。
智景が誰よりも早くその写真の上に足を乗せ、見えないように踏みつけた。そして何事もなかったかのようにそれを拾い上げ、スーツケースの底へと押し込んだ。
「なんでもありませんよ。昔のいらない写真です」
自分の顔が彼の革靴に踏みにじられるのを見て、なぜか私の心はひどく静かだった。
もう、悲しみすら湧いてこなかったのだ。
やがて義父の鶴の一声で、二人の結婚式は来月の18日に決定した。
クローゼットのハンガーを握りしめた私の手が、ピタリと止まる。
来月の18日。それは奇しくも、私と智景が籍を入れてからちょうど3年目の記念日だった。
「3年目の結婚記念日には、絶対に俺たちの関係を公にして、最高の結婚式で君に償うから」
3年前、彼は私にそう約束していたのだ。
それなのに今、彼は私の親友と結婚式を挙げ、あろうことか本当の妻である私にブライズメイドをやれと言っている。
義父母が満足げに帰っていった後、リビングには重い静寂が降り降りた。
私はソファに腰を下ろす智景を静かに見下ろした。
「アルバム、見たわ。
あなたと茜は、いつからそういう関係なの?」
智景の表情が微かに引きつったが、すぐにまた冷静な仮面を取り繕った。
「君が思っているような関係じゃない。俺はただ、両親を安心させるために話を合わせているだけだ」
私は思わず乾いた笑いを漏らした。
「話を合わせているだけ?
茜の胃の調子が悪いからって、冷たいものを飲ませないように気を配るのも?
彼女が少し眉をひそめただけで、言われなくても胃薬を用意できるのも?
……寝室の遮光カーテンだって、光に敏感な彼女のために買ったものなんでしょう?
ねえ智景、これのどこがご両親へのその場しのぎなのよ」
言葉にしてから、私自身もハッとした。
思い返せば、ずっと前から不自然な兆候はいくつもあったのだ。私が愚かにも、見て見ぬふりをして現実から目を背けていただけだった。
私はまっすぐに彼を見据えて告げた。
「離婚しましょう。すぐに離婚届を用意して」
智景はしばらく沈黙した後、突然、私の祖母の話を持ち出した。
「……そんなに感情的になるな。こんな小さなことで離婚だなんて騒ぎ立てるなら、俺は君のお祖母さんにすべてを打ち明けるしかないな」
私の顔から一瞬で血の気が引いた。
祖母は先日、心臓の大きな手術を終えたばかりだ。私が幸せな結婚生活を送っていると信じ切り、それを何よりの生きがいにしている。
智景だって、手術前の祖母のベッドの傍らで、一生かけて私を大切にしますと固く誓っていたはずなのに。
祖母が私にとってたった一人の家族であることも、彼女の心臓に負担をかけるのが私が一番恐れていることだとも知っているくせに。
それなのに彼は、茜との茶番を守るためだけに、私の最愛の祖母を脅しの道具に使ったのだ。
「君が大人しくブライズメイドとして結婚式に協力するなら、この件がお祖母さんの耳に入ることは絶対にない」
私はぎゅっと目を閉じ、震える声を必死に抑え込んだ。
「……わかったわ」
2日後、義母から渡された結婚式の準備リストを見て、私は息を呑んだ。
会場として指定されていたのは、かつて私が自分のために十箇所以上も下見をして決めた、あの憧れの高級ホテルだった。
招待状のデザインも、BGMも、会場を彩る装花も、テーブルのネームカードすらも。
すべて、私がこの3年間、大切に書き溜めてきたウェディングノートの内容と完全に一致していた。
ドレスの試着日。
茜は、私がどうしても着たいと願っていたお気に入りのサテンドレスを身に纏っていた。
智景は彼女の後ろに立ち、その背中のファスナーを自らの手でゆっくりと引き上げる。
「うん、このドレスが一番よく似合っているよ」
私は無表情のまま、床にしゃがみ込んで彼女のドレスの裾を整えていた。
その時、ふと私の胸元から、ネックレスに通して隠していた結婚指輪が滑り落ちた。
それに気づいた智景が、ハッとして私の前に立ちはだかる。
――ようやく、私が自分の妻であることを思い出してくれたのだろうか。
しかし、彼はただ忌々しげにその指輪を私の服の中へ押し込んだだけだった。
「隠しておけ。
両親に見られたらどうするんだ」
さらに義母は、披露宴で智景が長年コレクションしていた秘蔵の赤ワインを開けようと提案した。
それは、私の生まれ年に作られた特別なヴィンテージワインだ。
かつて彼は、「君を正式な妻として皆に紹介するその日に、絶対にこれを開けよう」と甘く囁いていた。
だが今、彼は義母の提案に少しも反対しなかった。
私が3年間待ちわびた結婚式の準備が、こうして着々と進んでいく。
ホテルも、ドレスも、音楽も、ワインも、何もかもがあの時の約束のまま。
ただ一つ、新婦のポジションだけがすり替えられて。
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