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妻と娘が選んだのは、俺ではなかった第1話

この話は約1789字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

妻の高宮香澄(たかみや かすみ)は何事も予定どおりでなければ気が済まず、家ではすべて彼女が作ったスケジュールに従うことになっていた。

ところが娘の桐谷日和(きりたに ひより)の誕生日当日、香澄はアシスタントと一緒に大幅に遅れてやってきた。

母親と同じく予定に強くこだわる日和は、腹を立てるどころか、笑顔で二人をケーキカットへ誘った。

頬にクリームをつけた妻と娘が、アシスタントと楽しそうに写真に収まる姿を見て、俺の中で何かが完全に切れた。

翌日、俺・桐谷修司(きりたに しゅうじ)は香澄の前に離婚協議書を突きつけた。

香澄は、訳が分からないという顔をした。

「日和があなたとケーキを切らなかったくらいで?」

「そうだ」

* * *

香澄は鼻で笑い、離婚協議書にちらりと目を落とすと、うんざりした表情を浮かべた。

「修司、予定では今ごろ海外で商談中のはずでしょう。ここで私にくだらないことを言っている時間じゃないわ」

「3分後には会議が始まるの。もう帰って」

まともに取り合おうともしない香澄を見ていると、笑いさえ込み上げてきた。

口を開こうとしたそのとき、アシスタントの相原颯人(あいはら はやと)がいきなりドアを開けて入ってきた。

「高宮社長、準備できました。そろそろ遊びに行きましょう……あれ?桐谷社長もいらしたんですね。僕は席を外します」

颯人が残念そうに引き返そうとすると、香澄はすぐに呼び止めた。

「いいのよ。この人はもう帰るから」

眉をひそめて俺を見る目には、さっさと出ていけという気持ちがありありと浮かんでいた。

俺はゆっくりと離婚協議書を開き、署名欄を指で叩いた。

「署名してくれ。そうしたらすぐに帰る」

香澄は立ち上がり、眉間に深いしわを寄せた。俺をにらみつける目に、怒りが渦巻いている。

室内の空気が張り詰めた。

入り口にいた颯人は異変を感じ取ったのか、すぐにうつむいて俺に謝った。

「すみません、桐谷社長。契約のお話をされているとは知らず、お邪魔してしまいました。失礼します!」

そう言いながら、傷ついたような目で香澄を一度見て、部屋を飛び出していった。

香澄の顔色がたちまち変わった。焦りをあらわにしながらペンをつかむと、乱暴な字で署名した。

「ルールを破ったんだから、帰ったら罰を受けてもらうわよ」

冷たく言い残し、人目も気にせず颯人を追いかけていった。

誰もいなくなった社長室で、俺は小さく笑った。

香澄は何事も決めたとおりでなければ気が済まず、ルールにも異常なほど厳しかった。

結婚してからというもの、家庭内のあらゆることが香澄の作ったスケジュールに沿って進められてきた。

少しでも時間に遅れたり、予定どおりにできなかったりすれば、香澄は何日も口を利かず、家庭の予定から相手を締め出した。

初めのうちは、日和にも容赦なく注意していた。

だが、やがて日和まで香澄のやり方を真似るようになり、家庭の中で責められるのは俺だけになった。

結婚して7年。香澄が取り乱す姿など、一度も見たことがなかった。

それなのに昨日の誕生日会では、酔った香澄が颯人に抱きかかえられるようにして現れ、娘は大喜びで二人の手を引いてケーキカットへ向かった。

その瞬間、頭の中が真っ白になった。

そのあとのことは、ほとんど覚えていない。

香澄の首筋に残る赤い痕と、楽しそうに颯人の頬へキスをする娘を見たとき、頭に浮かんだのはただ一つだった。

離婚しよう。

だからこそ、香澄が去り際に放った言葉がひどく滑稽に聞こえた。

ルールだと?

そんなもの、香澄がとっくに破っている。

会議があると俺に嘘をつき、その足でアシスタントの颯人と遊びに出かける。

俺が会いに来るときは事前の連絡を求めるくせに、颯人は社長室へ勝手に入ってこられる。

署名済みの離婚協議書を手に、俺は会社を出た。

車に乗り込み、ネクタイを緩めて煙草に火をつけた。

何も考えず、ただぼんやりと座っていた。

突然スマホが鳴り、そこでようやく、指に挟んだ煙草がすっかり灰になっていることに気づいた。

画面に表示されていたのは、娘の担任からの着信だった。

「桐谷日和さんの保護者の方でしょうか。日和さんが慌てて下校したため、通学バッグを学校に忘れています。お手数ですが、取りに来ていただけますか」

その話を聞き、疑問が湧いた。

スケジュールどおりなら、日和は今ごろ学校で数学コンテストの準備をしているはずだ。予定より早く帰るなど、あり得ない。

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