夫の百人目の愛人が現れた日、私は彼を捨てた第2話
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地下室は湿っぽく冷え切っていて、私は冷たい鉄の扉に背を貼り付け、恐怖に震えながら必死に身を縮めていた。
「出して!お母さんの容態が本当に危ないの!」
力の限り扉を叩き続け、拳は血まみれになり、泣き叫びながらその場に崩れ落ちる。
携帯の電源はとうに尽きて、医者のあの「最後に会ってください」という声だけが頭の中で反響している。
母へと約束した。お金を十分貯めたら、匠馬を捨てて、この場所を出て、静かで暖かな場所で養生させると。
どうして今日なんだ。どうして匠馬は、私の言葉を一片も信じようとしないんだ……!
闇の中で、記憶が押し寄せてくる。
高校の美術室、私はひまわりの花びらに青色を塗っていた。同級生は皆、色覚がおかしいと嘲った。でも通りかかった匠馬だけが足を止めた。
「月光の中で咲くひまわり?君も『真夜中の太陽』が好きなの?」
青く塗った花びらにそっと指先を置いて、横顔でこちらを見る。
陽光が差し、その笑顔を照らす。
「孤独な美しさだね。描いてる人と同じように」
その瞬間の心の震えが、十年続く悪夢の始まりだった。
次に思い出すのは清水家の晩餐会。目を覚ましたら彼のベッドで、全身痣だらけ。匠馬は首を締めつけ「母娘そろって卑しいな。俺に薬を盛るなんて」と冷笑した。
あのお酒は清水家が母に渡したものだと、後になって知った。彼らは従順な嫁を欲していた。そして高校時代からずっと彼の後ろにいた私が、格好の標的だった。
私は縮こまったまま、頭の中だけが記憶を繰り返す。どのくらい経ったのか、一時間か一晩かもわからない。
「カチリ」と音がして――扉が開いたとき、外はすでに朝の光だった。
逆光の中に匠馬の影が立つ。
「もう騒ぎは済んだか?」
琴音は彼の腕に絡みつき、笑いながら言う。
「清水さん、怒らないでくださいよ。可哀想ぶるのが好きな人なんですから」
「病院は何もないってさ」匠馬は冷笑する。「柳じいのところにも真夜中に催促の電話なんか一つもなかった」
私ははっと顔を上げる。
電話がなかった――それこそが絶望の知らせだ!
いつもなら解放されるとすぐ、慌てて跪き弁解する私が、この時はただ両手をゆっくり下ろす。目が光に慣れると、ようやく入り口に立つ人影がはっきりと見えた。
視線が交わる。
ドレスは土埃と酒に汚され、もはやウェディングドレスだった面影はない。顔を伝った涙は乾き、目には沈んだ湖面のような静けさだけが残っていた。
匠馬は眉をひそめ、苛立ちを隠さず怒鳴った。
「早く来い!突っ立って何やってんだ!」
私は壁を支えに、痺れて棒のような両脚を引きずりながらゆっくり立ち上がる。
彼の傍を通り過ぎる瞬間、止まらずに低い声で言った。
「鍵」
「何の真似だ」と腕を掴まれる。
「車の鍵」振り返らずに答えた。「病院に行く」
後ろで琴音が小声で呟く。
「相変わらず身勝手ですね……」
「好きにさせろ」匠馬は鼻で笑い、腕を放した。
「丸山、ついて行け」
丸山の運転は速かった。
車が停まるや否や、私は扉を押し開け転げるようにICUの廊下へ駆け込む。
看護師が私を見つけ、目を潤ませ叫んだ。
「石川さん!やっと来てくださいました……お母さんは夜通し頑張って、最後までずっとお名前を呼んでいました……」
歯が止まらず鳴り、声は体の奥底から絞り出すように切れ切れになる。
「母に……会わせてください」
霊安室の照明は容赦なく白かった。
白布をめくられ、母の蒼白な顔が現れる。つい二日前、一緒にリゾートのパンフを眺め、「退院したら、あなたの好きなスープを作るね」と笑っていたのに。
今は唇が紫に染まり、眉根を苦しげに寄せたまま、死の瞬間まで私を案じ続けていた。
「死亡時刻は……?」自分の声が震えているのが分かる。
「昨夜の午前四時二十三分です」看護師が囁く。「何度もお電話しましたが……」
その間、私は地下室で叫びすぎて声を失っていた。
母の深く刻まれた眉間の皺をそっと伸ばし、かがんでその冷たい額にキスをした。
「お母さん……待ってて。すぐに一緒に、自由になろうね」
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