夫の幼なじみと入れ替わり、私は身を引いた第3話
この話は約1666字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は慌てて弁解した。翔太の目に、冷酷な光が宿るのが見えたからだ。
「おい、誰か来い」
屈強なボディガードがふたり入ってくる。翔太は歯を食いしばって言った。
「言ったはずだ。理乃には誰にも指一本触れさせないと。お前でもだ!
鍋の味噌汁を、全部こいつの手にぶちまけろ」
そう言い捨てると、泣きじゃくる悠実を抱き上げて出ていった。
「やめてッ!」
私は声を張り上げた。
「翔太、私が理乃なの!ちゃんと私を見て!」
けれど、翔太には届かない。足早に去っていく背中は、どんどん遠ざかっていく。
目の前のボディガードはすでに鍋を持ち上げ、こちらへ歩み寄ってくる。逃げようとしたが、もうひとりに両手を押さえ込まれた。
「いや、放して!私が小寺理乃なのよ、こんなことして許されると思ってるの!」
ボディガードの口元に、蔑むような笑みが浮かんだ。
「奥島さん、小寺社長のご命令ですので。我々にはどうしようもありません」
言い終わるや否や、煮えたぎる味噌汁が、私の両手に降り注いだ。
激痛が走る。数秒と経たないうちに、私は意識を失った。
目を覚ますと、翔太がベッドの脇に座っていた。顔色は優れない。私が目を開けたのを見て、彼は不機嫌そうに口を開く。
「面白くないのはわかってる。でも言っただろ、理乃は俺の命なんだ。あいつに手を出すな」
言い終えるや、彼は私の首に手をかけた。もがいて起き上がろうとしたはずみで、包帯を巻かれた両手に激痛が走る。
私の苦痛に歪んだ顔を見て胸が痛んだのか、翔太は不意に手の力を抜いた。私は荒く息をつく。
「悠実、おとなしくしてろ。お前が俺の女でいることは許してやる。だが、もう一度言うぞ。理乃の前で騒ぎを起こすな」
険しい顔のままだったが、その口調はいくぶん和らいでいた。
私は涙といっしょに、笑いをこぼす。
「翔太、もし私が理乃だって言ったら、あなたはどうする?」
目の前の男の瞳が、一瞬、はっきりと揺れた。けれどすぐに口の端を歪める。
「悠実、俺の気を引きたいなら、理乃のふりなんてしなくたっていいんだぞ」
心がひとつ、またひとつと砕けていく。わからない。どうして、ひとつの心でふたりの女を同時に愛せる男がいるのだろう。
「ほら、もう泣くな」
翔太が私の涙を拭った。
「今回の罰は、少しやりすぎたかもな。この前、理乃がしてるのと同じ結婚指輪が欲しいって言ってただろ。急ぎで特注したから、お前にやる」
翔太は背後から小さな箱を取り出し、蓋を開けた。中に収まっていたのは、私がデザインした結婚指輪とまったく同じものだった。涙が、とめどなくこぼれ落ちる。
「なんだよ、嬉しくて泣いてるのか」
そう言って、彼は私の布団を整えた。
「手が治ったら、俺がはめてやる。理乃は怪我したばかりで、睡眠薬を飲ませるのは体に障るからな。今日はゆっくり休め。無理はさせないよ」
そうだったのか。いつもの段取りとは、私に睡眠薬を飲ませ、ぐっすりと眠らせて、その隙にふたりで人目を忍んで会うためのものだったのだ。
さーっと血の気が引き、全身が凍りついたように冷たくなった。
部屋を出ていく翔太の背中を見送り、私は深く息を吸う。そして、こっそりと後を追い、主寝室の前まで行く。扉は、きちんと閉まっていなかった。
部屋の中から、「私」の声が聞こえてくる。
「悠実のところに行ってきたんでしょう?あの子、どうだった?」
翔太の声には、不満がにじんでいた。
「そんなに優しくしなくていいんだ。あいつのせいで怪我したんだぞ。たっぷり痛い目に遭わせてやったからな」
悠実がこちらをちらりと見やり、それから聞き分けのいい妻を装って言った。
「でも悠実は、あなたと小さい頃からずっと一緒に育ったのよ。私のために仲違いなんてしないで。ただの軽い火傷だし、医者も大丈夫だって言ってるもの」
翔太は彼女のベッドの縁に腰かけ、そっと腕の中に抱き寄せた。
「理乃、お前は俺が出会った中で、世界一の妻だ。永遠に愛してる!」
悠実の目に、一瞬だけ、嫉妬と憎しみがよぎる。だがすぐにそれを柔らかな色に塗り替え、優しい声で言った。
「……私も愛してるわ」
そして、唇を重ねた。
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