夫が私を最も憎んでいた時に、私は死んだ第2話
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葬儀場で朔也に会ってから、私の魂はなぜか彼のそばから離れられなくなっていて、朔也を中心に、ごく限られた範囲しか動けない。
仕方なく、仕事の打ち合わせへ向かう彼についていくことになったのだが、車が目的地へ向かう途中、朔也が突然、智樹に告げた。
「会議はキャンセル。今日の午後の予定も全部断って、今すぐ家に戻る」
智樹は驚いたものの、理由を尋ねることなく、すぐに対応する。
「社長、すべて明日の14時以降に変更しました。これからエラン・ヒルズへ戻られますか?」
朔也は流れていく街並みをしばらく眺め、淡々と答えた。
「桜葉台へ向かってくれ」
私は一瞬、耳を疑った。
桜葉台……そこには、私たちの家があり、私が死んだ場所でもある。
けれど朔也は、今日までの1か月間、一度もそこに帰っていなかった。
……
玄関を開けた瞬間、朔也の眉間に深い皺が寄った。
まだ完全には消えていない腐敗臭が一気に流れ出し、鼻を覆っても隠しきれない苛立ちが顔に浮かぶ。
私はその後ろに漂いながら、朔也が玄関へ足を踏み入れるのを見ていた。
朔也はひどく面倒そうに家事代行サービスへ電話をかけた。
ほどなくして、何人ものスタッフがやってきて、家中の片づけを始めた。
リビングのローテーブルには、私が飲み残した水が半分ほど残っていて、その隣には、空になった睡眠薬の容器。
ソファに置かれた毛布はぐしゃぐしゃで、警察が遺体を運び出したときについた汚れも残っている。
朔也は見向きもせず、その横を通り過ぎてキッチンへ向かった。
後ろからついてきたスタッフが、小声で呟く。
「キッチンのものまで全部傷んでる……ずっとこのままだったのね」
明かりがついた瞬間、私は思わず動きを止めた。
コンロの上には、蓋をしたままの土鍋が置かれていた。隣の皿には、すっかり冷めた魚の煮つけ。煮汁には白く脂が固まっている。
「こちらも全部、処分してしまってよろしいですか?」スタッフがコンロを指さした。
朔也は「ああ」と短く答え、何気なく土鍋の蓋を開けた。
その瞬間、濃厚なきのこの香りに、腐った臭いが混じって広がる。
それは私が4時間かけて作った、松茸と鶏肉の煮炊きものだった。
朔也の動きが止まった。
「今日は何日ですか?」
突然聞かれ、スタッフは戸惑いながらもスマホを確認する。
「6月7日です」
朔也の指先が、わずかに震えていた。きっと思い出したのだろう。
私が死んだ5月20日は、私たちの結婚記念日だった。
あの日、私は朝から準備をしていた。買い出しをして、料理を並べ、結婚式のときに使ったキャンドルまで引っ張り出してきた。
けれど午前3時になっても、朔也からは一通の連絡もなかった。
耐えきれなくなって、私は智樹にメッセージを送った。
【朔也は今夜、帰ってこられそうですか?】
智樹から返信が来たのは30分後だった。【社長は墓地へ行かれました】
墓地。
風花が眠っている場所。
私はスマホの画面を見つめながら、急に何もかもが馬鹿らしくなった。
何年も、私は馬鹿みたいに朔也の芝居に付き合ってきた。
嫌われていると分かっていたのに、それでもいつか振り向いてくれるんじゃないかと期待していた。
なのに結局、結婚記念日でさえ、朔也が選ぶのは私ではなかった。
「これ……全部美玖が作ったのか?」突然、朔也が掠れた声で呟いた。
私はそばへ寄って、その顔を覗き込もうとしたけれど、朔也は俯いていて、前髪に隠れた表情までは見えなかった。
スタッフが食器を片づけながら言った。
「このお魚もすっかり傷んじゃって……奥様、ずいぶん頑張って用意されたんですね。こんなにたくさん……」
「捨てください」朔也が遮った。「食器も全部。何も残さなくていいですから」
そう言うと、彼は一人で寝室へ入っていく。静かな朔也の姿が、私は昔から好きだった。
彼の視線を追うと、ベッド脇にはまだ私たちの結婚写真が飾られていた。
写真の中の彼は、優しく幸せそうに微笑んでいて、まるで本当に私を愛しているかのようだった。
今思えば、なんて見事な演技だったのだろう。
「美玖」
朔也が突然、私の名前を呼んだ。
私は勢いよく振り返った。もしかして、ようやく私が見えるようになったのか?
だが彼は窓の外を見つめたまま、消え入りそうな声で呟いただけだった。
「死ぬ日まで、わざわざあの日を選んだのか?」
私はその場に立ち尽くし、ふっと吹き出してしまった。
ええ、そうよ。わざとやったの。
毎年、結婚記念日が来るたびに、朔也が思い出せばいいと思った。
この日、彼の妻が死んだのだと。
そして朔也は、その最期にさえ間に合わなかったことを……
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