夫が私を最も憎んでいた時に、私は死んだ第3話
この話は約2040字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
朔也は筋金入りの仕事人間で、昔から家にいてもすぐに会社へ戻って仕事をしようとする人だった。
それとも単に、私のいる家にいたくなかっただけなのかもしれない。
でもまさか、私が死んだ後でさえ、あの家にいられないとは思わなかった。
会社に戻るなり、朔也は山積みの書類に埋もれるように仕事を始めた。
表情は見えなかったが、時折その肩が小さく震えている。
私が死んで、せいせいしたとでも思っているのだろうか。
やることもない私は、静かにそばに漂いながら、仕事に集中する朔也の横顔を眺めていた。
朔也が真実を隠さなくなってから、こんなふうに穏やかな時間を過ごすことはなくなった。
ずっと昔、結婚したばかりの頃には、こんな時間もあった。
私は朔也を抱き枕代わりにするのが好きで、冬になると手も足も絡めてぴったりとくっついていた。
私たちは抱き合っていながらも、それぞれ別のことをしていた。
抱き合ったまま、私はスマホをいじり、朔也は本を読む。あるいは二人で寄り添って映画を見たりもした。
思えば、そんな些細な思い出だけを支えに、私は何年も何年も朔也を愛し続けていたのだ。
「社長、奥様のご両親がお見えで、奥様のご遺骨を引き取りたいと、下でお待ちになっています」
ノックして入ってきた智樹が、丁寧に一礼する。
朔也はペンを持つ手を一瞬止めたものの、顔も上げずに答えた。
「わかった。待たせておけ」
だが、彼は日が落ち始めても私の両親に会いに行こうとはしなかった。
その間、智樹が何度か確認に来たが、朔也は手が離せないから待たせておけと繰り返すばかり。
もう仕事なんて残っていないのに。
私は朔也をじっと見つめながら、急に目の前の男がひどく遠い人に思えた。
母が腰を痛めたとき、わざわざ人に頼んで海外の湿布を取り寄せてくれた人が、今は私の両親を会社のロビーで5時間も待たせている。
気が気ではないまま辺りをうろついていると、すっかり日が暮れた頃になって、ようやく朔也が秘書に両親を通すよう指示した。
部屋に入ってきた母は、朔也の顔を見るなり涙をこぼした。
「朔也さん、葬儀場の方から、美玖の遺骨はあなたが持って帰ったって聞いて……私たち、美玖を家に連れて帰りたいの……」
「ここにはありません」
朔也が冷たく遮ると、母は呆然とした。
「ここにないって?」
「ええ。葬儀場の地面に撒き散らしましたから」
母の顔から一気に血の気が引いた。唇を何度も震わせ、ようやく絞り出すように声を出す。
「朔也さん……嘘でしょう?どうして、そんなこと……」
「今さらあなたたちに嘘をついて、何になるんですか?」朔也は書類を閉じ、冷たく笑った。「あんな汚らわしいもの、わざわざ持ち帰るわけないじゃないですか」
「朔也さん!」
父が勢いよく立ち上がった。だが途端にめまいでよろめき、母につかまってどうにか踏みとどまる。
「美玖はお前に尽くしてきたし、私たちだって、お前をないがしろにしたことなんて一度もない。それなのに、どうしてそこまで酷いことができるんだ?」
「俺が酷い?では、風花を殺したあいつは何だって言うんですか?」
ドン、と書類の束が机に叩きつけられた。
あの事件の話になると、朔也はいつも怒りを抑えられなくなる。
「俺によくしてやったなんて言わないでください。そんなのは当然ですよね?だって、あなたたち家族は俺に……それ以上に風花に取り返しのつかないことをしたんだから!」
母は慌てて何度も首を横に振った。「違うのよ、朔也さん!美玖はあの時、助けに行ったの!警察だって言ってたじゃない……」
「もういいです!」朔也がコーヒーカップを床へ叩きつけた。「15年も同じ嘘をつき続けて、よく飽きませんね。
はっきり言ってあげますね。美玖が死んだのは自業自得です。あいつは死んで当然だった!」
母がよろめきながら数歩後ずさるのを見て、私は胸が締めつけられた。
あの日、路地は暗かったから、朔也が見たのは、両手を血まみれにして警察に連れていかれる私の姿だけ。
私が必死になって、血だまりの中から風花を助け出そうとしていたことを、朔也は知らない。
母は震える手でバッグからUSBメモリを取り出した。
「違うのよ、朔也さん。これを見て。美玖の遺品なの。ここに……」
「帰ってもらえますか?これ以上俺を騙せると思わないでください!」
朔也は母の手から容赦なくUSBメモリを払い落とすと、そのまま内線電話を取る。
「警備員!二人を追い出せ!」
指示を受けた警備員がすぐに入ってきて、両親を連れ出そうとした。
私は必死に止めようとしたけれど、伸ばした手は何度も警備員の体をすり抜けてしまう。
「朔也、どうしてこんな酷いことができるの?!」
結局、私は両親がエレベーターへ押し込まれていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
警備員に押された拍子に、母が私の骨を入れようと持ってきていた空の骨壺が床へ落ち、乾いた音を立てた。
朔也は腰をかがめてそれを拾うと、眉をひそめたままゴミ箱へ放り込む。
「汚らわしい。揃いも揃って、本当に汚らわしい」
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