夫が私の腎ドナーを妹に譲ったから、私は笑って退院した第1話
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末期の腎不全を患った私に最も適合するドナー腎は、夫の判断で、妹に回された。
医者から「他のドナーを待ちましょう」と言われたけれど、私はそれをきっぱりと断って、予定より早く病院を出た。
もう、冷えきった心には、これ以上しがみつく意味なんてなかった。
これまで必死に築いてきた財産を、全部妹に譲った。その見返りに、ようやく両親が私に笑いかけてくれた。
夫は四六時中、妹の看病に付きっきり。私は怒るどころか、「ちゃんと優しくしてあげてね」って、彼を気遣った。
息子が「おばちゃんをママにしたい」なんて言い出した時も、私は微笑んでうなずいた。
みんなの「願い」は、ちゃんと叶ったはずなのに。どうして、今さら後悔してるの?
* * *
「結城詩織(ゆうき しおり)さん、腎ドナーはまだ見つかる可能性があります……」
医者の言葉に、私は静かに首を振った。
──もう、待つ意味なんてない。
これまで必死で手に入れようとしていたものも、今ではどうでもよくなった。
退院手続きを終えたばかりの私のスマートフォンが、容赦なく鳴り響く。
「詩織、南区の店でおかゆ買って、すぐ病院に持ってきて。
香里が目を覚ました。食べたいって」
返事をする間もなく、父は一方的に電話を切った。
昔の私なら、きっと言い返していたと思う。
でも、もういい。
おかゆの入った袋を手に、七瀬香里(ななせ かおり)の病室に入った。
母はベッドの横で、香里の唇に気を遣いながら水を飲ませていた。父は、彼女に少しでも異変が起きないかと、息をひそめて見守っている。
この病室の中で、「実の娘」である私だけが、一番場違いな存在だった。
先に私に気づいたのは、香里だった。
「お姉ちゃん、来てくれたんだ……」
その声に、父が顔を上げ、鋭い目で私を睨んだ。そして、私の手からおかゆの袋を乱暴に奪い取った。
「何してたんだ!こんなに遅く来て、香里を飢え死にさせる気か!」
母も容器を開けながら、容赦なく文句をぶつけてくる。
「詩織、ほんとに使えない子ね!
おかゆこぼれてるじゃない!これじゃ香里が食べられないでしょ!」
そのまま母は、おかゆをゴミ箱へと投げ捨てた。
もう気にしないって決めたはずなのに、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、息すら苦しかった。
顔色がどんどん青ざめていく私に、誰も目を向けようとしない。
「そうだ、さっきお母さんと話して決めたんだ。お前が持ってる株、香里の補償として譲るってことでいいな」
そう言って、七瀬夫婦は財産放棄の同意書を私の前に差し出してきた。
「お前のせいで香里がどれだけ苦しんだと思ってるんだ。
罪を償いたいなら、さっさとサインしろ!」
書類をじっと見つめ、私はふっと笑った。
「いいよ。全部あげる」
そう言って、既にサインを済ませた同意書を父に渡した。
父は名前を確認すると、ようやく少しだけ顔を緩めた。
「株も放棄したんなら、私が投資してた会社や不動産も、香里に全部譲ってやればいい」
その言葉を聞いた瞬間、七瀬夫婦の顔に笑みが広がった。
普段は私に触れることさえ嫌がる母が、ぎゅっと私の手を握ってきた。
「詩織、やっとわかってくれたのね。
香里が退院したら、家族みんなで仲良く暮らそうね」
母の手のひらから伝わるぬくもりが、ひどく皮肉に感じた。
結局、私が香里にすべてを譲ったときだけ、母は笑ってくれるんだ。
もしこの人たちが、香里の「全部」が演技だったと知ったら、どんな顔をするのだろう。
私をあんなふうに扱ったこと、後悔するのかな?
母が私の手を離さずにいるのを見て、香里の表情がさっと曇った。焦ったように、小さく咳をした。
その瞬間、父と母はぱっと私のそばから離れ、香里のベッドへと戻っていった。
夜が更けて、私は疲れ切った体を引きずって家へ帰る。
水を一口飲む暇もないうちに、夫・結城貴雅(ゆうき たかまさ)の冷たい声が耳に突き刺さった。
「香里の退院が決まった。うちで看病することにした」
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