和紙文壊れた絵巻、消えゆく愛 · 第2話設定≡

壊れた絵巻、消えゆく愛第2話

この話は約1819字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「昨日、ウェディングドレスの店で何があったか今すぐ調べろ!また誰が彼女の機嫌を損ねたんだ?

せっかく平穏に暮らせているっていうのに、毎日こんなことで騒ぎ立ててさ。あの店のオーナーに伝えろ、『元のサイズでもう1着作り直して、すぐ届けるように』ってな!」

廊下はしんと静まり返っていた。

エレベーターの前にたたずんでいると、換気口から吹き込む冷たい風に、胸の奥まで凍らされていくようだった。

彼はわかっていない――私が気にしているのは、ドレスのことなんかじゃない。真宙のあのあからさまな特別扱いが、ただ、つらかった。

スマホを取り出して、メモアプリを開く。「式の進行」という項目を探して、左にスワイプした。

そして、削除をタップした。

……

仕事を終えてから、リノベーションしたばかりの新居へ向かった。置いてきた原稿を取りに行くためだ。

エレベーターを降りた瞬間、玄関の前に置かれた女性用のサンダルが目に入った。

昨日、SNSに上がっていた、あのサンダルだった。

じっと見つめてから、ドアを開けた。

リビングは静かだった。

梨愛がオーバーサイズのTシャツを着て、私たちが3ヶ月かけて選んだミルクホワイトのソファに腰かけていた。

私の姿を見るなり、梨愛は慌てて立ち上がり、反射的に真宙を呼んだ。

「真宙!」

書斎のドアが開き、真宙が出てきた。

玄関に立つ私を見て、一瞬驚きの色が顔をよぎった。が、すぐに表情を取り繕った。

「あの……」

少し、近づいてくる。

「梨愛が1人でホテルに泊まるのが怖いって言うし、俺の実家にいるのも気まずいだろうから、ここに数日泊めることにした。部屋が見つかったらすぐ出ていってもらうから」

梨愛は上目遣いで私を見つめた。声には、こらえきれないような、いじらしい響きがにじんでいた。

「百華さん、私が悪いのはわかってます。でも、両親をホテルの火事で亡くしてしまって……もし嫌なら、今すぐシェアハウスでも探します」

そう言いながら、スマホへ手を伸ばした。

「梨愛!」

真宙が引き止め、眉を寄せながら梨愛を見た。

「そんなことしなくていい。百華は気にしないから」

私は静かに真宙を見ていた。

こんなに長く愛してきた人を、ただただ見つめていた。

真宙は私の前に立ち、当たり前のような顔で私たちの新居を別の女に明け渡し、私に異議を唱える隙さえ与えなかった。

ゆっくりと、この部屋を見回す。

ここにあるものは、どれも私がひとつひとつ選び、整えてきたものばかりだった。

ソファは一緒に選んだ。壁のペンキは私が自分で調色した。飾ってある絵も、私が描いたものだ。

今、梨愛はこの空間に当たり前のように座り、真宙に守られる特権を楽しんでいる。

視線が梨愛の着ているTシャツに止まった。

ペンキを塗った日のことを思い出す。スーツを汚さないようにと、私がわざわざ買って渡した着替えだった。

ダサいと思われるかもしれないと、ずいぶん迷ってから差し出したのに、真宙は嫌な顔一つせず、「洗ってとっておく」と笑った。

そのとっておくはずの服が今、堂々と、梨愛の体に着られていた。

外では雨がしとしとと降り続けていた。心の中にも、じわりと湿気が染み込んでくるようだった。

わめき散らして言い争う気にはなれなかった。ただ、原稿を探して部屋を見回した。

リビングのローテーブルの脇、床に半乾きのバスタオルが脱ぎ捨てられていた。

スケッチブックの角が、そのタオルの下から少しのぞいていた。

しゃがんで、引き抜いた。

タオルの湿った部分が、ちょうど後半のページを覆っていた。

紙は水を吸って、青、緑、赤が溶け合い、見るも無残な色の染みになっていた。

指が震えた。1枚1枚めくっていく。後ろのページも、全部同じだった。全滅だった。

梨愛は、私が必死に押し殺している感情を察せなかったのか、すぐに涙をこぼした。

「ご、ごめんなさい……お風呂に入る前に、ちょっと見たら可愛いなって思って、つい……

お風呂から出たらどこに置いたか忘れちゃって……大切なものでしたよね。私も絵を描く人間だから、弁償します」

水に浸かって、ぐちゃぐちゃになったスケッチブックを握りしめたまま、私の胸にぽっかりと穴が開いていくようだった。

立ち上がり、それをバッグに押し込んで、部屋を出ようとした。

「百華」

真宙が手首をつかんだ。

「梨愛だって、わざとやったわけじゃないんだ。そんな――」

「いいよ」

本当に、もういい。

ドアが背後で閉まった。エレベーターの金属扉に、ぼやけた自分の影が映っていた。

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