壊れた絵巻、消えゆく愛第2話
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「昨日、ウェディングドレスの店で何があったか今すぐ調べろ!また誰が彼女の機嫌を損ねたんだ?
せっかく平穏に暮らせているっていうのに、毎日こんなことで騒ぎ立ててさ。あの店のオーナーに伝えろ、『元のサイズでもう1着作り直して、すぐ届けるように』ってな!」
廊下はしんと静まり返っていた。
エレベーターの前にたたずんでいると、換気口から吹き込む冷たい風に、胸の奥まで凍らされていくようだった。
彼はわかっていない――私が気にしているのは、ドレスのことなんかじゃない。真宙のあのあからさまな特別扱いが、ただ、つらかった。
スマホを取り出して、メモアプリを開く。「式の進行」という項目を探して、左にスワイプした。
そして、削除をタップした。
……
仕事を終えてから、リノベーションしたばかりの新居へ向かった。置いてきた原稿を取りに行くためだ。
エレベーターを降りた瞬間、玄関の前に置かれた女性用のサンダルが目に入った。
昨日、SNSに上がっていた、あのサンダルだった。
じっと見つめてから、ドアを開けた。
リビングは静かだった。
梨愛がオーバーサイズのTシャツを着て、私たちが3ヶ月かけて選んだミルクホワイトのソファに腰かけていた。
私の姿を見るなり、梨愛は慌てて立ち上がり、反射的に真宙を呼んだ。
「真宙!」
書斎のドアが開き、真宙が出てきた。
玄関に立つ私を見て、一瞬驚きの色が顔をよぎった。が、すぐに表情を取り繕った。
「あの……」
少し、近づいてくる。
「梨愛が1人でホテルに泊まるのが怖いって言うし、俺の実家にいるのも気まずいだろうから、ここに数日泊めることにした。部屋が見つかったらすぐ出ていってもらうから」
梨愛は上目遣いで私を見つめた。声には、こらえきれないような、いじらしい響きがにじんでいた。
「百華さん、私が悪いのはわかってます。でも、両親をホテルの火事で亡くしてしまって……もし嫌なら、今すぐシェアハウスでも探します」
そう言いながら、スマホへ手を伸ばした。
「梨愛!」
真宙が引き止め、眉を寄せながら梨愛を見た。
「そんなことしなくていい。百華は気にしないから」
私は静かに真宙を見ていた。
こんなに長く愛してきた人を、ただただ見つめていた。
真宙は私の前に立ち、当たり前のような顔で私たちの新居を別の女に明け渡し、私に異議を唱える隙さえ与えなかった。
ゆっくりと、この部屋を見回す。
ここにあるものは、どれも私がひとつひとつ選び、整えてきたものばかりだった。
ソファは一緒に選んだ。壁のペンキは私が自分で調色した。飾ってある絵も、私が描いたものだ。
今、梨愛はこの空間に当たり前のように座り、真宙に守られる特権を楽しんでいる。
視線が梨愛の着ているTシャツに止まった。
ペンキを塗った日のことを思い出す。スーツを汚さないようにと、私がわざわざ買って渡した着替えだった。
ダサいと思われるかもしれないと、ずいぶん迷ってから差し出したのに、真宙は嫌な顔一つせず、「洗ってとっておく」と笑った。
そのとっておくはずの服が今、堂々と、梨愛の体に着られていた。
外では雨がしとしとと降り続けていた。心の中にも、じわりと湿気が染み込んでくるようだった。
わめき散らして言い争う気にはなれなかった。ただ、原稿を探して部屋を見回した。
リビングのローテーブルの脇、床に半乾きのバスタオルが脱ぎ捨てられていた。
スケッチブックの角が、そのタオルの下から少しのぞいていた。
しゃがんで、引き抜いた。
タオルの湿った部分が、ちょうど後半のページを覆っていた。
紙は水を吸って、青、緑、赤が溶け合い、見るも無残な色の染みになっていた。
指が震えた。1枚1枚めくっていく。後ろのページも、全部同じだった。全滅だった。
梨愛は、私が必死に押し殺している感情を察せなかったのか、すぐに涙をこぼした。
「ご、ごめんなさい……お風呂に入る前に、ちょっと見たら可愛いなって思って、つい……
お風呂から出たらどこに置いたか忘れちゃって……大切なものでしたよね。私も絵を描く人間だから、弁償します」
水に浸かって、ぐちゃぐちゃになったスケッチブックを握りしめたまま、私の胸にぽっかりと穴が開いていくようだった。
立ち上がり、それをバッグに押し込んで、部屋を出ようとした。
「百華」
真宙が手首をつかんだ。
「梨愛だって、わざとやったわけじゃないんだ。そんな――」
「いいよ」
本当に、もういい。
ドアが背後で閉まった。エレベーターの金属扉に、ぼやけた自分の影が映っていた。
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