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地震の夜、救助隊長の夫は初恋を救った第3話

この話は約1867字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

全員の視線が私に集まった。美咲の箸は宙で止まり、少し驚いた顔で私を見た。

隣にいた中年の女性が眉をひそめ、とっさにテーブルの上の弁当を奥へ寄せる。

怜司は顔を上げた。私だとわかると、一瞬だけ眉を寄せたが、すぐ何事もなかったような表情に戻った。

「どうしたの?」

彼は箸を置き、落ち着いた声で言った。

「ここは容態の重い被災者の重点救護テントだ。関係者以外は勝手に出入りできない」

私は彼を見つめた。手の中の菓子パンの袋をさらに握りつぶされていた。

「お父さんが、あなたに食べ物を持っていけって」

自分でも知らない声だった。あまりにも静かで、他人の声のように聞こえた。

「忙しくて、食べる暇もないだろうからって」

私は菓子パンの袋を折りたたみテーブルの隅に置いた。そっと置いたはずなのに、その音は静まり返ったテントの中で妙にはっきり響いた。

怜司はその袋に一度目をやっただけで、手を伸ばさなかった。

「いらない。こっちにも食べ物はある」

彼は眉をわずかに寄せ、無表情のまま言った。

「お前のテントへ戻れ。こっちはまだ仕事があるから」

「仕事?」

私は短く笑った。視線をテーブルいっぱいの料理へ、落ち着いた顔で座る美咲の家族へ走らせ、最後に彼の顔へ戻した。

「原田怜司。あなたの仕事って、何?」

彼の眉間のしわが深くなった。

彼は声を落とし、警告するような口調になる。

「夕奈、ここで騒ぐな」

私はテントの外を指した。

「騒ぐ?お父さんはがれきに囲まれた中で背中を丸めて、しゃがみ込んでいるの。あなたの規則を破ったらいけないと思って、テントの中へ入ろうともしなかった。

蘭は地面に寝かされたまま、額の傷からまだ血がにじんでいるの。痛くて唇を噛み切りそうになっても、声ひとつ上げなかった。あなたは忙しいから、迷惑をかけちゃいけないってわかっているから」

声が震えた。足元まで揺らぐようだった。

「それでも規則だと言うの?」

私は美咲の祖父、両親、叔父夫婦、そして楽しそうに笑っている子どもへ順に視線を向けた。

「じゃあ、教えて。あの人たちはどうしてここにいられるの?どうして温かい水も、温かいご飯も、そばに医者もついてるの?」

美咲の顔がさっと白くなった。彼女は立ち上がり、どうしていいかわからない様子で怜司を見る。

怜司の顔は完全に険しくなった。

「夕奈、落ち着け」

彼は立ち上がり、私と美咲の家族の間に立った。声は硬く冷たい。

「美咲の家族は事情が違う。叔父一家はがれきの下に2日間も閉じ込められて、ようやく救出されたばかりだ。叔父さんは内臓を損傷して、今も救命処置を受けている。祖父は80代の高齢で、いとこはたったの3歳だ。こういう人たちに支援の優先度が高いと判断するのは当然だ」

彼はそこで言葉を切り、値踏みするように私を見た。

「蘭は少し擦りむいただけで、命に関わるほどでもない。救援物資は限られている。どちらを優先すべきか、それくらいわかるだろう」

少し擦りむいただけ。

彼は、蘭の額に骨が見えるほど深く入った傷を、少し擦りむいただけと言った。

全身が震えた。爪が掌に食い込み、血が指の間からにじんだ。

「怜司」

自分の声が氷のように冷たく聞こえた。

「私と結婚するとき、あなたは何て言った?私の親は自分の親で、私の妹は自分の妹だって言ったよね。なのに今、蘭は少し擦りむいただけで、彼女の家の3歳の子供は小さいからちゃんと手当しないといけないって言ってるの?」

私は一歩前へ出て、彼に詰め寄った。

「あなたは規則で動いているの?それとも、自分の気持ちで動いているの?」

怜司の目がかすかに揺れた。唇が動いたが、言葉は出てこなかった。

背後で美咲がそっと彼の服の裾を引き、小さな声で言った。

「怜司、よかったら……夕奈さんの妹さんもこっちへ呼んだら?ここはまだ少し余裕があるし……」

怜司は彼女の言葉を遮った。口調に、有無を言わせない響きがあった。

「ダメだ。ここはもう満員だ。これ以上は入れられない。夕奈、出ていけ。仕事の邪魔をするな」

彼は私に背を向け、折りたたみテーブルの前へ座り直すと、また食事を続けた。

「出るとき、入口の幕を閉めていけ。美咲は冷たい風が苦手なんだ」

私はその場に立ち尽くした。彼が箸で、美咲の母が作った牛肉の煮込みをつまみ、口へ運ぶのを見ていた。

外から、蘭の抑えた泣き声が聞こえた。子猫の鳴き声のように細かった。

十数年張りつめていた糸が、その瞬間、ぷつりと切れた。

魂が抜けたような足取りで元の場所へ戻ると、父は私の目が潤んでいることに気づいた。

父は口を開きかけたが何も聞かず、ただそっと私を抱きしめた。

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