和紙文国境なき医師の私、この手でクズ夫を切り捨てる · 第1話設定≡

国境なき医師の私、この手でクズ夫を切り捨てる第1話

この話は約1994字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。

体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。

そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。

再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。

「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」

病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。

窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。

キャプションには、こうある。

【彼女と世界を見る】

そのとき、私は病院で手術を待っていた。

手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。

午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。

そして、メッセージが届いた。

【お疲れさま】

私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。

何があっても、彼のそばから離れようと。

* * *

結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。

体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。

そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。

再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。

「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」

病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。

窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。

キャプションには、こうある。

【彼女と世界を見る】

そのとき、私は病院で手術を待っていた。

手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。

午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。

そして、メッセージが届いた。

【お疲れさま】

私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。

何があっても、彼のそばから離れようと。

……

産科の医師が検査結果を受け取って、眉をひそめた。

「一人で来たのですか?旦那さんは?」

私は少し笑っただけで、くわしくは説明しなかった。

「いないの、夫は」

「今のあなたの状態じゃ、誰かがそばについていないとダメですよ」

医師は報告書の数値を指さし、有無を言わせない口調で続けた。

「血圧が高い、尿蛋白も出てる……重度の妊娠高血圧腎症ですよ。いつけいれんを起こしても、脳出血や常位胎盤早期剥離を起こしても、おかしくない状況です」

「わかった。ありがとう、先生」

診察室を出ると、スマホが震えた。祐希から写真が届いていた。

祐希は私のネグリジェを着て、うちのソファにだらりともたれかかり、私が三年飼っている猫を抱いている。

ネグリジェの肩ひもが片方ずり落ちているのに、直そうともせず、肩をむき出しにしたままだった。

【舞子さん、このネグリジェすごく気持ちいいね。普段どうして全然着なかったの?】

あのネグリジェは、結婚したときに幸平が買ってくれたものだ。

ずっと着なかったのは、産後に体形が戻ってから着ようと思っていたからだ。

私はその写真を長いこと見つめた。

それから幸平にメッセージを送った。

【離婚協議書、サインしたよ。ベッドサイドテーブルに置いている】

しかし、返事は来なかった。

二日後、ようやく彼にブロックされていることに気づいた。

いつの間にか、彼の世界から、私の居場所はどんどん消えていっていた。

私は川瀬舞子(かわせ まいこ)。三年前は、まだ幸平の妻じゃなかった。

私は国境なき医師団、すなわちMSFの外科医で、Y国駐在員だった。

戦地で三件の開腹手術をこなし、難民キャンプでは43人の赤ん坊を取りあげた。

戦火が飛び交う夜、ヘッドライトの明かりだけを頼りに、12歳の少年の、砲弾の破片で裂けた腹腔を縫合したこともある。

帰国して三か月の休養期間に入ったとき、幸平が現れた。

彼は投資家で、いつもモミの香りのオーデコロンをまとっていた。

話すときは、少し首をかしげるようにして私を見つめ、その真剣な眼差しに、まるで自分が彼のすべてであるかのように錯覚したものだ。

彼は、私のような人間を一番尊敬していると言った。

「舞子、知ってる?初めて会ったとき、お前はまるで全身が輝いているみたいだ」

そう言われたとき、私は彼の車に乗っていた。窓の外には東都のきらびやかな夜景が広がっている。

彼は私の手を握り、宝物に触れるように、そっと手の甲を撫でた。

「お前は女一人で、あんな遠くに行って、たくさんの人を救ってる。

こんな平凡な俺には、お前を手に入れる資格なんてないんじゃないかって、いつも思うよ」

あのとき、私は本当に、自分のことを理解してくれる人に出会えたんだと思っていた。

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