国境なき医師の私、この手でクズ夫を切り捨てる第1話
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結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。
体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。
そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。
再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。
「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」
病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。
窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。
キャプションには、こうある。
【彼女と世界を見る】
そのとき、私は病院で手術を待っていた。
手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。
午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。
そして、メッセージが届いた。
【お疲れさま】
私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。
何があっても、彼のそばから離れようと。
* * *
結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。
体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。
そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。
再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。
「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」
病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。
窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。
キャプションには、こうある。
【彼女と世界を見る】
そのとき、私は病院で手術を待っていた。
手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。
午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。
そして、メッセージが届いた。
【お疲れさま】
私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。
何があっても、彼のそばから離れようと。
……
産科の医師が検査結果を受け取って、眉をひそめた。
「一人で来たのですか?旦那さんは?」
私は少し笑っただけで、くわしくは説明しなかった。
「いないの、夫は」
「今のあなたの状態じゃ、誰かがそばについていないとダメですよ」
医師は報告書の数値を指さし、有無を言わせない口調で続けた。
「血圧が高い、尿蛋白も出てる……重度の妊娠高血圧腎症ですよ。いつけいれんを起こしても、脳出血や常位胎盤早期剥離を起こしても、おかしくない状況です」
「わかった。ありがとう、先生」
診察室を出ると、スマホが震えた。祐希から写真が届いていた。
祐希は私のネグリジェを着て、うちのソファにだらりともたれかかり、私が三年飼っている猫を抱いている。
ネグリジェの肩ひもが片方ずり落ちているのに、直そうともせず、肩をむき出しにしたままだった。
【舞子さん、このネグリジェすごく気持ちいいね。普段どうして全然着なかったの?】
あのネグリジェは、結婚したときに幸平が買ってくれたものだ。
ずっと着なかったのは、産後に体形が戻ってから着ようと思っていたからだ。
私はその写真を長いこと見つめた。
それから幸平にメッセージを送った。
【離婚協議書、サインしたよ。ベッドサイドテーブルに置いている】
しかし、返事は来なかった。
二日後、ようやく彼にブロックされていることに気づいた。
いつの間にか、彼の世界から、私の居場所はどんどん消えていっていた。
私は川瀬舞子(かわせ まいこ)。三年前は、まだ幸平の妻じゃなかった。
私は国境なき医師団、すなわちMSFの外科医で、Y国駐在員だった。
戦地で三件の開腹手術をこなし、難民キャンプでは43人の赤ん坊を取りあげた。
戦火が飛び交う夜、ヘッドライトの明かりだけを頼りに、12歳の少年の、砲弾の破片で裂けた腹腔を縫合したこともある。
帰国して三か月の休養期間に入ったとき、幸平が現れた。
彼は投資家で、いつもモミの香りのオーデコロンをまとっていた。
話すときは、少し首をかしげるようにして私を見つめ、その真剣な眼差しに、まるで自分が彼のすべてであるかのように錯覚したものだ。
彼は、私のような人間を一番尊敬していると言った。
「舞子、知ってる?初めて会ったとき、お前はまるで全身が輝いているみたいだ」
そう言われたとき、私は彼の車に乗っていた。窓の外には東都のきらびやかな夜景が広がっている。
彼は私の手を握り、宝物に触れるように、そっと手の甲を撫でた。
「お前は女一人で、あんな遠くに行って、たくさんの人を救ってる。
こんな平凡な俺には、お前を手に入れる資格なんてないんじゃないかって、いつも思うよ」
あのとき、私は本当に、自分のことを理解してくれる人に出会えたんだと思っていた。
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