命を選ばれなかった夜、私は家族を手放した第2話
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絵凪の資料はファイル2冊分あったのに、私のものはたった7ページしかなかった。
けれどその7ページさえ、ふたりはろくに目を通したこともなかった。
夜の11時、気管内チューブがようやく抜かれた。
喉が焼けるように痛み、唇を湿らせてもらってから、最初に出た言葉は「もう、あの人たちに電話しないで」だった。
看護師が毛布の端を整えながら言う。
「恵利さんはまだ未成年ですよ。この先の治療について、ご家族に確認しなければならないこともあるんです」
「あの人たちは来ません」
「病院のソーシャルワーカーにはもう連絡してあります。他に、成人しているご親族はいらっしゃいますか?」
私は担任の堀田先生の電話番号を伝えた。
最後の2桁を読み上げたところで、病室のドアが開いた。
父がパーティー用の黒いスーツのまま入ってきた。胸元には金色の飾り花がまだついていた。
その後ろから母と絵凪が続く。3人とも、シャンパンと生クリームの入り混じったような甘い匂いをまとっていた。
母はベッドの脇まで来るなり、開口一番、私を責め立てた。
「あのね、今夜どれだけの人に笑われたか分かってるの?お父さんなんか、電話を受けてからずっと顔色が悪かったのよ。ケーキカットの途中でパーティーはお開きになったんだからね」
父が会計の明細書を棚に叩きつけた。
「保険が利かない治療までいろいろ受けさせられて、たった1回の処置で40万円以上だぞ。どこでどう転んだら、そんなに血が出るんだ!」
私は明細書には目を向けず、ただ絵凪の手首につけられた医療用ブレスレットを見つめていた。
母は私の視線に気づくと、慌てて絵凪の手首を覆い隠すように手を重ねた。
「ただのブレスレットでしょう。目が覚めたばかりなのに、また絵凪を責めるのはやめなさい。この子、電話のことでまだ怯えてるのよ。今だって手が冷たいんだから」
私はゆっくりと手を上げ、手のひらを上に向けた。
「……返して」
母が眉をひそめた。
「まだドレスも着替えてないのよ。家に帰ってからにしなさい」
医師が戸口に立ったまま、重い声で言った。
「倒れたときに身につけていれば、救急隊ももっと早い段階で、必要な対応を検討できたはずです」
それでも母は、すぐには銀のプレートを外そうとしなかった。
彼女はまず絵凪に尋ねた。
「外すときに、ドレスの袖を傷めたりしないかしら?」
私は手を布団の中へ戻した。
「もういい。返さなくていい」
今日からあれは、母が私にくれたものでも、私が大切にしてきたものでもなくなったからだ。
……
「恵利、ここにサインしろ。昨日の午後は自分の意思でホテルを出たこと、俺たちが無理やり行かせたわけじゃないことを認めるんだ」
翌朝、父は1枚の手書きの念書を差し出した。末尾にはすでに自分の名前が書き込まれていた。
病院のソーシャルワーカーが、怪我をする前の経緯を確認しようとしていた。
父は、私がアルバムを取りに行かされたことを話してしまうのを恐れ、夜のうちにこの念書をでっち上げていた。
そこには、私が絵凪の誕生日パーティーに不満を抱いて勝手にホテルを抜け出し、その途中で転んで怪我をしたこと、家族には何の責任もないことが書かれていた。
読み終えて、私は紙をナイトテーブルに戻した。
「引換券なら、まだ私の上着のポケットに入っています」
父が椅子を引く手が、一瞬止まった。
「あのな、それが何だっていうんだ?俺たちはただ、ちょっと取りに行ってくれって頼んだだけだろうが。お前の具合が悪いなんて、誰に分かるって言うんだ」
「めまいがするって、3回も言いました」
母は絵凪のためにリンゴの皮をむいていたが、その言葉を聞いて不機嫌そうな顔をした。
「だって、普段からちょっと具合が悪いだけでも、めまいがするって言うじゃない。そんなの、どうやって見分ければよかったの?
それに、絵凪は昔から体が弱かったのよ。1か月もレッスンを続けて、一度も弱音を吐かなかったし……あなたはずっと絵凪より丈夫だったでしょう?
まさか、こんな大ごとになるなんて思わなかったのよ」
また、この言葉だった。
絵凪の方が弱くて、私の方が物分かりがいい。
だから絵凪の不調は前もって気遣われ、私は地面に倒れて初めて、嘘をついていなかったと認めてもらえる。
母は皮をむいたリンゴを絵凪に差し出したが、絵凪はそれを受け取らなかった。
「お母さん、お姉ちゃんにあげてよ」
私は顔をそむけた。
母の手が一瞬止まり、それからリンゴをふたつのベッドの間の棚に置いた。
「恵利は今、食べ物を口にできないの。せっかくむいたんだから、無駄にしないで」
絵凪は昨夜、ショックを受けたという理由で、念のため経過観察を受けていた。
身体的にはどこも悪くないのに、私の隣のベッドで休んでおり、母は一晩中その傍にいた。
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