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命を選ばれなかった夜、私は家族を手放した第1話

この話は約2050字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私、木場恵利(きば えり)が血液凝固障害のせいで、雪の降り積もる路上に倒れたあの瞬間、父・木場博行(きば ひろゆき)と母・木場麻帆(きば まほ)は5つ星ホテルで、妹の木場絵凪(きば えな)の誕生日を盛大に祝っていた。

通りかかった人が救急車を呼んでくれ、私は病院へ運ばれた。

医師が私のスマホを使い、父に電話をかけた。

「病院の救急担当医です。娘さんが大量出血で危険な状態にあります。ご家族の方は至急病院へ来て、治療についての説明を受けてください!」

電話の向こうから返ってきたのは、ひどく不愉快そうに父が鼻で笑う声だった。

「俺たちを呼び出すために、医者まで雇って芝居でも打ったのか?持病だかなんだか知らないが、恵利はまだ17歳だぞ。そんな大病になるわけがないだろう!」

隣で母が口を挟む。

「今は手が離せないの。放っておいて」

ふたりは何度も、悪意に満ちた憶測を重ね、私を嘘つきだと決めつけてきた。まるで私が本当に、そこまで性根の腐った人間だとでもいうように。

けれどふたりは知らない。今度ばかりは、私にはもう待っている時間が残されていなかったことを。

ホテルの外で祝いの花火が夜空に上がったその瞬間、救急処置室で、心電図モニターの波形が平坦な直線になったのだ。

* * *

どうやら、私はよほど運がよかったらしい。奇跡的に一命を取り留めたのだ。

「自己心拍が再開しました。ご家族に至急連絡を」

目を開けたとき、看護師はちょうど私のスマホで2回目の電話をかけているところだった。

スピーカーに切り替えると、父の声が流れ出した。

「助かったんだろう?なら、パーティーが終わるまで待ってくれ。今日は絵凪の誕生日なんだ。一生に一度の大切な日なんだ。せっかくの誕生日パーティーなのに、家族全員で席を外すわけにはいかないだろう」

「ですが、数分前に心停止を起こしています。至急、これまでの病歴について詳しく教えてください」

看護師は苛立ちを抑えながら続けた。

「血液凝固障害の種類は?長期的に服用している薬はありますか?」

電話の向こうが、一瞬黙り込んだ。

父は答えられなかった。

代わって電話に出た母の声は、ひどく面倒そうだった。

「あの子の病気、そこまで重くないのよ。小さい頃に一度検査しただけだから。恵利の言うことを真に受けないでね。昔から話を大げさにする癖があるのよ」

医師はベッドの脇で検査結果に目を通していた。

「ヘモグロビン値は5.8g/dL、腹腔内の出血も続いています。これでも重くないと言い張るんですか?」

母は一瞬黙り、それから聞き返した。

「じゃあ聞くけど、今はもう助かったんでしょう?」

「一時的に、です」

「じゃあ、そのまま様子を見ておいて。絵凪がもうすぐケーキをカットするところなの。お客様をお待たせしてるから、後で向かうわ」

一方的に電話が切られた。看護師はスマホを握ったまま、しばらく下ろせずにいた。

もう電話しないで、と私は伝えたかった。

けれど気管内チューブがまだ抜けておらず、声にすらならない。左手を少し持ち上げるのが精一杯だった。

手首には、ブレスレットがなかった。うっすらと白い圧迫痕が輪のように残っているだけだ。

医師がそれに気づいた。

「以前、医療情報を刻んだブレスレットをつけていましたか?」

私は一度まばたきをした。

それは細い金属製のブレスレットで、親指大のプレートには私の名前と病名、緊急時に必要な対応が刻まれていた。

7歳で診断を受けたとき、母が用意してくれたものだ。

「何かあったときにすぐ分かるように、外しちゃだめよ」

そう言って、母は私の手首につけてくれた。

今日の昼、絵凪が自分の手首を眺め、ドレスに合わせるアクセサリーがなくて寂しいと言い出した。

母は私の手首から、医療情報を刻んだブレスレットを外した。

それを絵凪の腕につけながら、私にはこう言った。

「ちょっと借りるだけよ。パーティーが終わったら返すから。恵利はホテルから出ないんだし、何か起きるわけないでしょう」

そのあと、注文していた成長記録のアルバムが入った箱が1つ、まだ届いていないことが分かり、母は私に印刷店まで取りに行くよう言いつけた。

外は雪で、私はめまいがすると訴え、行きたくないと言った。

母は引換券を私の手に押しつけた。

「絵凪は今日の主役なのよ。お姉ちゃんなんだから、ちょっと行ってきてちょうだいよ。あの子の大事な日のたびに、具合が悪いなんて言わないでちょうだい」

私は言われた通りに店へ行った。

医療用ブレスレットは、絵凪の腕につけられたままだった。

救急医が、私の上着のポケットから何度も折りたたまれた古い医療情報カードを見つけた。雪解け水で文字がにじみ、診断名しか読み取れなかった。

医師はそれを透明な袋に入れ、看護師に血液内科の医師への連絡を指示すると、私に目を落として尋ねた。

「ご自宅に、以前の検査結果や診断書は残っていますか?」

私は目を閉じた。

ある。

リビングの棚の一番下の引き出しに、絵凪の母子健康手帳や健診の書類と一緒に、私の昔の検査結果や診断書がしまわれている。

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