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命を選ばれなかった夜、私は家族を手放した第3話

この話は約1940字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

明け方、寒気がしてナースコールを押したとき、母は私のマイボトルに、絵凪のためのはちみつ湯を入れていた。

あのボトルは入院して点滴を受けるたびに私が使っていたもので、底に名前のシールが貼ってあった。

母はそのシールを剥がし、絵凪が一晩だけ使うからと言った。

今、ボトルの蓋は絵凪の枕元にあり、中には甘い湯がまだ半分ほど残っている。

看護師が処置用カートを押して入ってきて、私のリストバンドを確認した。

「恵利さん、出血を抑えるための点滴を4回に分けて行います。以前、重いアレルギー反応を起こしたことがあるようですが、ご家族は何のアレルギーかご存じですか?」

母が顔を上げた。

「アレルギーなんてないわよ」

「カルテには、デキストランによるアレルギーの記録があります」

「……っ、そうなの?」

母が私に目を向けた。

「あなた、いつからそんなアレルギーがあったの?」

12歳のときだった。

あのとき、点滴の後に全身に発疹が出て、呼吸が苦しくなった。母はベッドのすぐ傍にいた。

その日は泣きながら私を抱きしめ、これからは絶対に忘れないから、と言っていた。

あれから5年。母は絵凪が梨の皮を食べないことも、眠るときはオレンジ色の常夜灯をつけることも覚えているのに、私の命を奪いかねない薬のことは忘れてしまった。

私は看護師に言った。

「堀田先生を、緊急連絡先に登録してもらえますか」

父がすぐに顔を曇らせた。

「家族がそろってるのに、他人なんか登録してどうする」

「あの人が覚えているからです」

「何を覚えているって?」

「私がアレルギーを起こす薬の名前を」

堀田先生は、私が高校1年のときの宿泊研修で、学校に提出した保健調査票を一度確認したことがあった。

出発前、先生はアレルギーの原因となる薬の名前を自分の手帳に書き留め、緊急用の薬が鞄のどのポケットに入っているかまで、わざわざ尋ねてくれた。

母の目元が、次第に赤くなっていった。

「人前でそんなことまで言わなくてもいいでしょう?私だって毎日、家のことをいろいろやってるのよ。

ひとつくらい忘れることだってあるわ。それに、絵凪は昔から体が弱いから、どうしても気にかけることが多くなるの。

そのくらい、分かってくれてもいいでしょう?」

ソーシャルワーカーがドアをノックして入ってきた。手には昨夜の通話記録とホテルの引換券を持っていた。

「恵利さんとふたりだけでお話しさせてください。ご家族の方は、少し席を外していただけますか」

父が立ち上がった。

「娘は未成年です。俺たちの前で言えないことなんてあるんですか!」

「未成年だからこそ、必要な医療を受けられない状況や、不適切な養育がなかったか、確認する必要があるんです」

絵凪が突然、手首につけていた医療用ブレスレットに手をかけた。

「お姉ちゃん、これ返すね」

母は慌ててその手を押さえた。

「ちょっと待って。留め具がドレスの袖に引っかかってるから、無理に引っ張らないで」

そう言ってから、母は私に目を向けた。

「あとで看護師さんに外してもらえばいいでしょう?これまでだって、あなたの治療にはずいぶんお金をかけてきたのよ。まるで私たちが何もしてこなかったみたいに言わないで」

7歳のあの年、このブレスレットをつけてもらったばかりの頃、母は寝る前になると毎晩、ちゃんと手首についているか確かめてくれていた。

その後、絵凪が喘息の発作で初めて入院したとき、母は病院に9日間つきっきりだった。

家に帰ってから、母は一度も私の銀のプレートを確かめなかった。

その頃は、ただ疲れているだけなのだと思っていた。

今、その医療用ブレスレットは絵凪の手首についたままだった。

母は、留め具がドレスの袖に引っかかっているからと、無理に外そうとはしなかった。

しばらくして、看護師がブレスレットを切るための器具を持ってきた。

私はその手を止めた。

「切らなくて大丈夫です」

母はほっとしたように息をついた。

「やっぱり、絵凪のことで本気で揉めるつもりなんてないのよね」

私は何も答えず、ベッド脇に置かれていた緊急連絡先の用紙を手に取った。

そして、両親の名前に、静かに2本の横線を引いた。

……

「退院したら、まず家に戻りなさい。ソーシャルワーカーには俺から説明しておく」

昼、父は窓際で電話をかけながら、私のこれからの予定をすでに決めてしまっていた。

1週間自宅で療養してから、学校に戻ること。

絵凪は今日、隣町でアートスクールのレッスンに参加する予定だったが、ショックを受けたということで、母が付き添うことになった。

そして私の通院については、タクシーでひとりで行けばいい、と父は言った。

血液内科の医師からは、退院後少なくとも3日間は、出血や体調の変化を見守る人が必要で、ひとりで過ごしてはいけないと言われたばかりだった。

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