君を消して、君に出逢う第2話
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愛は湊の手を見つめた。
昨夜、この手が振り上げられ、詩帆の誕生日に二億円の花火が夜空を埋め尽くした。
七年間共に過ごして、どんな高価な贈り物も、どんなロマンチックな演出も、湊は愛にしてくれた。
ただし、花火だけは違った。
「確かに綺麗だけど、俺は好きじゃない」そう、彼は言っていた。
愛は知っている。湊が花火を嫌うのは、幼い彼が母親と花火を見た直後、その母親が櫻井家を去ったからだということを。
その心の傷を、湊は別の女のためにあっさりと捨て去り、盛大な祝福を贈ったのだ。
愛は視線を落とし、努めて平静に言った。「古い服を整理してるだけ」
湊が近づき、愛の体を軽々と抱き上げると、そのままクローゼットに押し付けた。熱いキスが、有無を言わさず唇に落ちてくる。
愛の脳裏に浮かぶのは、湊が詩帆の額に触れた、あの優しいキスだけだった。
壊れ物を扱うように、大事な宝物のように。
だというのに、今、自分に向けられるのは、苛立ちをぶつけるような荒々しい所有欲だけだ。
愛は、衝動的に湊を押しのけた。
湊の表情が、ガッと険しくゆがんだ。次の瞬間、伸びてきた彼の人差し指と親指が、ギリ、と痛いほど強く愛のあごを掴む。
そのままグイ、と力任せに顔を上向かされた。
金縁のメガネの奥にある瞳は冷たい。その姿は、それでもなお圧倒的な威圧感と強さを放っていた。
「お前、怒ってるのか?」低い声が問う。
愛は、自分の感情が常に淡白だと思っていた。それでも、この男には見抜かれる。
「ううん。もっとセクシーなのを買ったよ。だって好きでしょう?」
必死で、誘うような声を絞り出す。
湊の濃い眉がすぐに緩んだ。「ああ。今夜はここにいる」
その声は限りなく甘く、機嫌を取るように響く。しかし、続く言葉は刃のように突き刺さった。
「そうだ。恵川市バレエ団の首席、明日付けで辞退しろ」
無情に告げられた言葉に、愛の指先が、ぷるぷると小刻みに震えだした。
その震えを、まるで確かめるかのように。湊の手が、ぴたりと愛の下腹部に当てられる。
「子供が欲しいって言ってたよな?早速明日から、妊活しよう」
愛の顔から血の気が引いた。「どうして、急に……」
「詩帆が、今回俺と一緒に帰ってきた。だが足を怪我していてな。この一年、ずっと海外でリハビリしてたんだ。ようやく普通に動けるようになった。あいつは俺が小さい頃から見てきた子だし、死んだ哲朗の代わりに、俺が面倒を見なきゃならん」
湊は淡々と続ける。
「というわけで、首席の座を詩帆に譲ってやれ。俺はお前と結婚して子供を作る。お前は元々、キャリアでがむしゃらに成功したいタイプじゃないだろう?」
最後の言葉が、愛の心を鈍く抉った。長い睫毛が震え、濡れた瞳を伏せる。
キャリアを追求していないわけじゃない。悟りを開いているわけでもない。
ただ、この七年間、湊という存在を、自分自身のすべてよりも大切にしてきた。
彼との結婚や、彼との子供を、自分のキャリアより優先してきた。
だというのに。今、その結婚と出産が、詩帆に席を譲るための「取引材料」にされた。
それが、ただ悲しかった。
恵川市バレエ団は全国でもトップクラスだ。愛は卒業後すぐに入団し、この三年間、首席の座を守り続けてきた。
詩帆が帰国した、たった一日で――愛の仕事も、そして大切な恋人も、奪われようとしている。
愛は湊から身を離した。その瞳には、果てしない失望と哀しみが浮かんでいた。
最後に、ありったけの力を振り絞って問いかける。「もし……私が、嫌だと言ったら?」
湊の眉間に、深く皺が刻まれる。その暗い眼差しは冷え冷えとしているのに、声だけは相変わらず優しい。
「分かってるだろ。お前を『分からせる』方法なんて、いくらでも持ってる」
愛の目から、涙がこぼれそうになる。じっくりと目の前の男を見つめた。
ビジネスの世界で、湊が冷酷で容赦ないキングと呼ばれる存在であることは知っていた。
しかし、まさかいつか彼が、その非情なやり方を、自分に向ける日が来るなんて。
湊の長い指が、愛の頬に触れる。声は氷のように冷たかった。
「詩帆は、失ったものが多すぎる。彼女の兄貴が死んだ……俺のせいでな。
哲朗は、俺の一番の親友だった。この一年、俺はすべてを注ぎ込んで、詩帆が兄の死の影から抜け出し、新しい人生を始められるよう尽くしてきた。
お前はもう、十分すぎるほど持っている。俺も、お前のものだ。だから、大人になれ。あいつに、少しくらい譲ってやれ」
愛の震える手が、強く握りしめられる。
もう一度、はっきりと告げた。「嫌よ」
その答えを聞く限り、目の前の男は忘れているようだった。
愛が、そもそもなぜこの櫻井家に身を寄せることになったのか――その根本的な理由を。
小林家は代々警察官を輩出する名家だった。祖父も、三人の兄も、両親も、全員が麻薬捜査官だった。
彼女は、家族全員が命を懸けて守り抜いた、ただ一人の人間だった。
愛が小林家を離れたのは、家族全員が、彼女にだけは平和で幸せに生きてほしいと願ったからだ。
今、かつて自分を守ってくれたはずの男が、自らの手で、自分のすべてを奪おうとしている。
そんなこと。彼女は、嫌だった。
けれど同時に、自嘲するように、愛はもっと見たかった。
湊が詩帆のために、どこまで堕ちていくのかを。
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