君への三通目の手紙は、遺書だった第3話
この話は約1780字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
電話の向こうからは、荒い呼吸音が聞こえてくる。
佳凜は思った。もし今、自分が和人の目の前に立っていたら、一ヶ月も待つまでもなく、きっと彼にその場で絞め殺されていただろう。
和人が口を開いて罵るよりも早く、佳凜はまたくすっと笑い声をこぼした。
「今回はからかったりしない。でも、一つだけ条件があるの」
和人は何も答えない。
佳凜は気にした様子もなく、勝手に話し始めた。
「私がしたいこと、十個だけ付き合って。その十個が終わったら、私はちゃんと一緒に離婚証明書を取りに行くわ。そして、きちんとあなたの世界から姿を消してあげる。二度と、邪魔しないって約束する」
その言葉は、まるで甘い毒のように和人の心を揺らした。
彼は眉をひそめて言った。
「十個は多すぎる。五個にしろ」
佳凜は軽く笑って、「いいわ」と答えた。
一つ目の願い、佳凜は和人に、チャリティーのパーティーへの同行を頼んだ。
彼女はドレスアップして待っていたが、迎えに来た和人は、スマホを弄る手を止めることもなく、彼女を一瞥すらしない。
佳凜は気にも留めない。どうせ彼の口から優しい言葉なんて出てこないことは、百も承知だった。
けれど、車に乗り込んだ和人は、ふと彼女を一瞥し、眉をひそめて言った。
「ダイエット?顔色も悪いし、見てて気分悪いんだけど」
佳凜は拳を握り、何も言わず前を向いたまま。
車を降りるとき、和人は彼女の手をぐいと引いた。
佳凜が一瞬戸惑うと、彼は鼻で笑って言った。
「何だよ、手を繋ぐくらい初めてじゃないだろ。キスも、それ以上もやってんのに、今さら何を気取ってるんだ?」
和人の熱い掌に包まれる、佳凜の冷たい手。
確かに、彼に手を引かれたのは初めてじゃない。でも、自分からじゃなく、彼から手を握ってくれたのは……初めてだった。
周囲の人々は、二人の微妙な空気に目を見張っていた。
やがてオークションが始まり、佳凜は目当ての品を見つけた。
思わず札を上げようとしたその時、隣の男に先を越された。
それは、既に亡くなった海外の画家の遺作。多くの人が欲しがり、次々と値段が吊り上がっていく。
だが、最終的にその絵を競り落としたのは、和人だった。
佳凜の胸に、ほんのりと温かいものが流れた。
「和人……」
「この絵、南城市(なんじょうし)の春瀬家に送っておいてくれ」
差し出しかけた佳凜の手は、空中で凍り付いた。
この絵は、彼女のためじゃなかったんだ。
強い苦味が、彼女の心を溺れさせる。
立ち上がり、そのまま出口へと向かった。
和人は眉をひそめ、大股で追いかけて彼女の腕を掴んだ。
「まだ終わってないのに、どこへ行くんだ?」
佳凜は力を込めて振り払おうとしたが、彼の手からは逃れられなかった。
和人は苛立ったように言った。「連れて来てって言ったのはお前だろ?なのに今さら何なんだよ、まったく、病気かよ!」
その「病気」という一言が、佳凜の胸を鋭く刺した。
「そうよ、私は病気なの」
彼女は全力で和人言の手を振り払い、振り返りもせずに会場を後にした。
その後、佳凜は一週間、和人に連絡を取らなかった。
新婚の家を出て行き、最初は和人も気にしていなかった。
だが、残り四つの願いが頭をよぎるたび、落ち着かなくなる。
さっさと終わらせないと、また彼女が自分にしがみついてくる気がしてならない。
我慢できずに、佳凜に電話をかけた。
その時、佳凜はちょうど放射線治療を終えたばかりだった。
病状は悪化し、全身が骨の奥まで痛んでいた。
「あと四つだぞ、お前、変なこと考えるなよ」
佳凜はしばし沈黙した。
「高野島(たかのじま)に行きたい」
和人は眉をひそめた。「今?」
「うん、今すぐ」
和人は心の中で、こいつやっぱり頭がおかしいと思った。
だが、離婚のため、彼女から解放されるため、彼は即座に高野島行きのフライトを手配した。
佳凜はすっかり厚着をして現れた。和人はイライラしながら待っていた。
「何やってたんだ。迎えに行くって言ったのに断るし、自分で来るにしたって遅い」
彼の小言を流し聞きながら、佳凜は無言で荷物を差し出した。
「うるさい」
和人は鼻で笑いながら、手慣れた様子で荷物を受け取った。
その自然な仕草に、本人は気付いていない。
飛行機の搭乗が始まる頃、和人の携帯が突然鳴った。
佳凜は搭乗口の前で、遠くから彼を見つめる。
和人は携帯を握りしめ、全身がこわばっていく。
「悪いけど、やっぱり、高野島には付き合えない」
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