君の知らない愛の跡第2話
この話は約1985字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
招待状が、ひらひらと舞い落ちる花びらのように一人ひとりの手元へと配られていく。
最後の一通が、私の手元に届けられた。
眩いほどに煌めく黄金の箔押しが、目を逸らしたくなるほど残酷に私の視界を刺し貫く。
隣に座る真由が、心配そうに私の手を握りしめた。
彼女の掌は驚くほど冷たく、私の手よりも凍えているように感じられた。
私は大丈夫だと伝えるように、彼女にそっと微笑み返す。
その時、耳障りなほど甘ったるい声が響いた。
「ねえ、ずっと気になっていたことがあって」
莉奈は手にしたワイングラスを軽く揺らし、楽しげに湊人を見つめている。
「湊人、高校時代に初恋の人がいたって聞いたわ。すごく大事にしていたのに、最後は彼女に振られたって……それって本当なの?」
彼女の声は決して大きくなかったが、個室の中は一瞬で水を打ったように静まり返った。
全員の視線が、まるで合図でもあったかのように一斉に私へと注がれる。
コップを握る私の指先に、いっそう力がこもった。
真由が勢いよく立ち上がった。「莉奈さん、済んだ話を掘り返してどうするのよ。ほら、せっかくの料理が冷めちゃう、食べて食べて!」
けれど、莉奈は聞こえないふりをして、グラスを手にヒールの音をカツカツと響かせながら、一歩ずつ私の方へと歩み寄ってきた。
私の前で立ち止まった彼女は、値踏みするような視線で居丈高に私を見下ろす。
「夏海よね?湊人から聞いたことがあるわ。
この一杯、あなたに捧げるわね。
あの時、彼を振ってくれてありがとう。おかげで私、こんなに素敵な人を独り占めできたんだもの」
その言葉が放たれた瞬間、会場に大きなどよめきが広がった。
私の心臓は見えない手に握りつぶされたかのように、呼吸がうまくできなくなる。
無邪気さを装いながら、剥き出しの敵意を向けてくる彼女の瞳。
私はそれを真っ向から見据え、ゆっくりとコップを持ち上げた。
「おめでとう……」
泣き出しそうな顔を笑顔で誤魔化し、コップの中の水を一気に飲み干した。
隅の席で、酒の勢いを得たある同級生が茶化すように口を開いた。
「湊人はこれまで九人も女を取り替えてきたんだぜ。莉奈さん、怖くないのか?今回もただの遊びだったらってさ」
それは、その場にいる全員が喉元まで出かかっていた疑問だった。
再び沈黙が流れる。
誰もが莉奈の答えを待った。
私も、例外ではない。
しかし莉奈は怒るどころか、口元を押さえて笑った。
「皆さんは分かっていないわ」
彼女は湊人のもとへ戻り、熱烈な眼差しを彼に送る。
「今の湊人は、私に一途なんだから」
彼女は自慢げに続けた。「彼は毎日、私のために手料理を振る舞ってくれるのよ」
その一言に、周囲は一瞬にして静まり返り、次の瞬間、誰かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。
「それにね」彼女は一度言葉を切ると、会場全体を見渡すように視線を走らせた。「彼がどうしてあんなに頻繁に恋人を替えていたか、皆さんは知ってる?」
答えを待つまでもなく、彼女は陶酔したような面持ちで独り言のように語り続ける。
「私、こっそり歴代の彼女たちの写真を見たことがあるんだけど、面白い共通点を見つけちゃったの。
みんな、目や鼻、あるいは口元のどこかが私にどこか似ていたのよ」
莉奈の頬が、幸福感とほのかな羞恥で桃色に染まる。
「後で湊人に聞いたら、教えてくれたわ。
ずっと、一人の女性の影が夢に出てくるのに、どうしても顔だけが思い出せないんだって。だからこの数年、人混みの中でずっと、その影の欠片を探し続けていたらしいわ。
私に出会って、ようやくその欠片が一つに繋がって、夢が完成したんですって。
私が、彼がずっと探し求めていた『運命の人』だったのよ」
言い終えると、彼女は幸せそうに湊人の腕に寄り添った。
湊人は終始無言のまま目を伏せていた。
その沈黙は、今や何より雄弁な肯定として響く。
「すごい!ロマンチックすぎるだろ!」
「湊人が手料理を?本気なんだな……」
「羨ましすぎる。まさに理想のカップルじゃないか!」
周囲の歓声と羨望が、津波のように私を飲み込んでいく。
頭の中ががんがんと鳴り響いた。
――手料理。
私は悲鳴が漏れるのを防ぐように、下唇を強く噛みしめた。
今でも鮮明に覚えている。高校時代、湊人は胃が弱いくせに朝食を抜く癖があった。
だから私は毎日五時に起きて、おにぎりを握り、だし巻き卵を焼いた。それらを丁寧に保温弁当箱に詰めて、朝の授業が始まる前に彼の教室まで届けた。
あの頃、彼は私の髪を撫でながら、満ち足りた笑顔で言った。「夏海は本当に優しいな」
それなのに、今の彼は莉奈のために甲斐甲斐しく台所に立ち、腕を振るっているというのか。
……なら、あの頃の私は一体何だったの?
きっと、二人は本物の真実の愛で結ばれているのだわ。
私はうつむき、長年の投薬でパンパンにむくんだ自分の手を見つめて、自嘲気味に笑った。
いいじゃない。
どうせ、もうすぐ死ぬのだから。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)