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君の知らない愛の跡第3話

この話は約1877字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

そう思った瞬間、胸の奥で渦巻いていた苦しみと痛みが、奇跡のように少しだけ凪いだ。

死を目前にした人間が、今さら何に執着するというのか。

昔の同級生たちが、代わる代わる二人のもとへ挨拶に足を運ぶ。

話題は仕事から家庭、そして子供のことへ。

私は隅の席で、別世界の出来事を眺める幽霊のように、ただ静かに座っていた。存在を消して、誰の邪魔にもならないように。

けれど、ずっと感じていた。熱を孕んだ視線が、絶え間なく私に注がれているのを。

それが湊人だということは分かっていた。

けれど、私は一度も彼を見ず、言葉を交わすこともなかった。

今日ここへ来たのは、ただ、最後にもう一度だけ彼の姿を見るため。

こうして目に焼き付けることができた今、この世に思い残すことはもう何一つない。

宴がお開きとなった。

外は雨が降っていた。

真由の恋人が車で迎えに来て、彼女は去り際に私を強く抱きしめ、耳元で小さく囁いた。

「夏海、あんな奴のことは気にしないで。あいつはもう、正気じゃないわ」

私は微笑んで頷いた。「早く行きなよ。彼氏を待たせたら悪いわ」

同級生たちのほとんどが帰路につき、何人かが「送っていこうか?」と気遣ってくれたけれど、私はそのすべてを笑顔で断った。

莉奈は宴の途中で急用が入り、会社に呼び出されて先に帰っている。

ホテルの車寄せは、あっという間に人気がなくなった。そこに残っているのは、数えるほどの人影。

私と湊人も、そのわずかな人影の中にいた。

彼は黒塗りのマイバッハに背を預け、指の間に挟んだ煙草を燻らせていた。火影が夜の闇に明滅する。

雨糸が彼の額に垂れる髪を濡らし、その瞳は漆黒の闇に沈んでいた。

私は視線を逸らし、俯いて配車アプリで車を呼ぶ。

すぐに一台のタクシーが予約を受け付けた。

到着した車のドアを開けようとした、その瞬間。湊人が背後からそのドアを力任せに押さえつけた。

驚いて振り返ると、底の見えない暗い彼の瞳と目が合った。

「俺の車に乗れ」

私は眉をひそめる。「湊人、何の真似よ?」

彼は答えず、私の手首を問答無用で掴んだ。

そのまま助手席のドアを乱暴に開けると、慈しみなど微塵も感じられない仕草で、私を車内へと押し込んだ。

「どこへ連れて行くつもりなの?」

湊人は聞こえないふりをして、ただ前方の一点を見つめている。その顎のラインは、怒りを押し殺すように硬く強張っていた。

不安に駆られる中、車が止まったのは誰もいない海辺だった。

重苦しい沈黙が流れた後、ようやく彼がこちらを向いた。

「俺が結婚すると聞いて、何か思うことはないのか?」

その言葉は、まるで私の心臓を刃で削り取るような残酷な響きを帯びていた。

けれど、私は顔に完璧な微笑を貼り付けた。

「おめでとう。幸せにね」

ドンッ、と湊人の拳がハンドルを激しく叩いた。

「おめでとうだと?」

彼は低く唸るように声を絞り出すと、座席に私を押し込めるようにして、強引に距離を詰めてきた。

「夏海……お前の口から出るのは、そんな言葉だけか!」

彼は私の手首を力任せに握りしめ、血走った目で私を射抜く。

「別れた後……なぜお前は、一度も他の男と付き合わなかった?」

全身が凍りついた。

私は視線を逸らし、震える声を押し殺して答えた。

「……そんな気分になれなかっただけ」

突然、彼のスマホが鳴った。

電話の向こう側から、莉奈の甘ったるい声が漏れ聞こえてくる。「湊人、お仕事終わったわ。今どこにいるの?迎えに来てほしいな」

湊人は一瞬、呼吸を止めるような沈黙を置いた。

やがて、「分かった」とだけ短く答えた。

電話を切ると、彼はエンジンをかけ、無言のまま私の自宅マンションの前まで車を走らせた。

雨は小降りになっていた。

私はシートベルトを外し、ドアノブに手をかける。

「夏海」

突然、彼の掠れた声が響いた。

「お前……あの時、本当は俺のこと、好きだったのか?」

私は、ぴたりと動きを止めた。

一瞬のうちに、数えきれないほどの感情が濁流となって胸に押し寄せる。

好きだったか?

そんな言葉では、到底足りない。

私の青春のすべてを捧げ、命を削ってまで愛した唯一の人なのだ。

けれど……今の私に、一体何が言えるというのか。

「いいえ。一度も」

私は自分でも驚くほど冷徹な声で告げた。

空気が、一瞬にして凍りつく。

長い沈黙の後、彼は吐き捨てるように自嘲の笑い声を漏らした。

「そうか。なら、最高にいい返事だ」

私は逃げるようにドアを開け、外へ飛び出した。

ドアを閉めようとしたその刹那、彼の氷のような声が背中に突き刺さった。

「夏海。俺の結婚式、絶対に来いよ。

俺が別の女のものになる瞬間を、その目にしっかりと焼き付けてもらうからな」

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