君の知らない愛の跡第1話
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高校時代、浅井湊人(あさい みなと)を振ってからというもの、彼は絶え間なく恋人を替え続け、その数は九人にものぼっていた。
同窓会の席、湊人は十人目となる現在の恋人を連れて現れ、私たち一人ひとりに招待状を配り歩く。
周囲ははやし立て、ニヤニヤしながら私、佐藤夏海(さとう なつみ)に目配せを送った。
私は胸を締め付けられるような痛みを感じながらも、毅然とした態度で立ち上がり、彼らを祝福する。
湊人は鼻で笑った。「俺の結婚式当日、お前の口から直々に祝いの言葉を聞かせてもらいたいもんだな」
私は微笑んでそれに応じたが、背を向けた瞬間に、バッグの中の診断書をそっと指先でなぞった。
来月の二十日か。
どうやら、そこまで私の命は持ちそうにない。
* * *
高校時代、浅井湊人(あさい みなと)を振ってからというもの、彼は絶え間なく恋人を替え続け、その数は九人にものぼっていた。
同窓会の席、湊人は十人目となる現在の恋人を連れて現れ、私たち一人ひとりに招待状を配り歩く。
周囲ははやし立て、ニヤニヤしながら私、佐藤夏海(さとう なつみ)に目配せを送った。
私は胸を締め付けられるような痛みを感じながらも、毅然とした態度で立ち上がり、彼らを祝福する。
湊人は鼻で笑った。「俺の結婚式当日、お前の口から直々に祝いの言葉を聞かせてもらいたいもんだな」
私は微笑んでそれに応じたが、背を向けた瞬間に、バッグの中の診断書をそっと指先でなぞった。
来月の二十日か。
どうやら、そこまで私の命は持ちそうにない。
……
個室のドアが勢いよく開いた。
私は無意識に顔を上げる。
六年という歳月は、学生時代特有の青さを湊人から完全に削ぎ落としていた。仕立てのいい黒のスーツが、その広い肩幅と長い足をいっそう際立たせ、立ち姿は以前よりもずっと凛々しくなっている。
けれど、かつて私を優しく包み込んでくれたあの微笑みはどこにもなく、今のその顔には、ただ凍てつくような冷徹さだけが宿っていた。
彼の隣には、一人の女性が寄り添っている。
室内が一瞬の静寂に包まれたのも束の間、直後、それまでを遥かに凌ぐ喧騒が沸き起こった。
「よっ、湊人様のお出ましだ!遅刻したんだから、まずは駆けつけ三杯いっとけよ!」
「湊人、隣の美人は誰だよ。紹介してくれよ」
湊人は何も答えず、ただ視線を私に固定し、射抜くように釘付けにした。
対照的に、隣の女性は屈託のない笑みを浮かべる。大輪の薔薇のように華やかで、自信に満ちた笑顔だった。
「皆さん、初めまして。森下莉奈(もりした りな)だよ。
湊人の婚約者なの」
婚約者。
コップを握る私の手が、自分でも気づかないほど微かに震えた。
莉奈はそう言い終えると、バッグから金の箔押しが施された豪華な招待状を取り出し、にこやかに配り歩く。
「来月の二十日、湊人と結婚することになったんだ。みんな、絶対に来てね!」
私は目を伏せ、チクリとした胸の痛みを感じた。鏡を見なくても、今の自分の顔が死人のように青白いことは分かっている。
先週、病院から戻ったばかりだ。
主治医からは、長くても一ヶ月の命だと告げられた。
他の誰かにとっての一ヶ月は、盛大な結婚式を準備し、幸福な未来へ向かうための時間。
けれど私にとっての一ヶ月は、定められた死を待つための時間でしかない。
胸に馴染みのある圧迫感がこみ上げ、喉の奥に鉄錆のような生臭い味が広がった。
私は必死にコップを握りしめ、口元までせり上がってきた血を、強引に飲み下す。
今回の集まりには、本当は来るつもりはなかった。
親友の羽田真由(はだ まゆ)が電話で「夏海、おいでよ。湊人も来るから。
……これが湊人に会える最後のチャンスかもしれないと思って、会いにきなよ」と誘った。
最後のチャンスか。
そうだ、今会わなければ、もう二度と……
しかし、この「最後のチャンス」がこれほど残酷なものになるとは思わなかった。
私と湊人にも、穏やかで幸せな時間があった。
高校二年の頃、彼は誰もが憧れる秀才で、私はただの目立たない普通の女子生徒だった。
放課後の居残り勉強中、彼は広い校舎をわざわざ横切って、私に温かいココアを差し入れてくれた。
体育の授業でバスケットボールが当たった時は、周囲の目も気にせず、慌てて私をお姫様抱っこして保健室まで走った。
冬のグラウンドでは、私の冷え切った手を自分のコートのポケットに入れ、温かい掌で包み込んでくれた。
「夏海、ずっと一緒にいよう」
私はその言葉を信じていた。母が机の引き出しから、彼からのラブレターを見つけるまでは。
母は初めて私に激昂し、手紙をズタズタに引き裂いて警告した。「夏海、自分が何をしてるか分かってるの?受験も近いっていうのに、学生の分際で色恋沙汰なんて絶対に許しない!」
生まれて初めて母に反抗し、大喧嘩の末に荷物をまとめて家を飛び出した。
学校の向かいにある小さなビジネスホテルで一晩を過ごした。
翌日、母が私を見つけ出した。
母は叱ることもせず、ただ目を真っ赤にして、一通の診断書を私に突きつけた。
「先天性心疾患。
医師は、二十六歳までは生きられないと言っているわ」
母は私を抱きしめ、張り裂けんばかりの声で泣いた。
「お母さんが、どれほど多くのお医者さんに縋ってきたと思っているの……でも、結局は全部、無駄だった。
夏海、あなたは恋をしてはいけないの。誰かの人生を台無しにするのも、いつかあなたが病気を理由に捨てられる姿を見るのも、お母さんには耐えられない……」
その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
ようやく理解した。なぜ幼い頃から激しい運動を禁じられてきたのか。なぜいつも私だけが病弱だったのか。そして、なぜ母がいつも私を見ては、あんなにも深く溜息をついていたのか。
私の寿命は、最初から決まっていたのだ。
いつも待ち合わせていた大きな木の下で、私は湊人に別れを告げた。
彼は呆然とした顔で理由を尋ねた。
星を散りばめたような彼の瞳を見つめると、医師の宣告と母の涙が脳裏をよぎり、心臓を直接刃物で抉られるような痛みを感じた。
私は、ありったけの酷い言葉を彼に投げつけた。
「湊人、もう飽きちゃったの。
あなたと一緒にいても退屈。ただ、学年一の秀才と付き合うのがどんな感じか、ちょっと好奇心で試してみたかっただけ。
もう終わりにしましょう」
一言一言が、彼の心を、そして私の心さえも、容赦なく切り裂いていく。
湊人の瞳から、光が少しずつ、確実に消えていった。
「夏海」彼は歯を食いしばり、一文字ずつ噛みしめるように言った。「お前、大したもんだよ」
その日から、湊人は何かに取り憑かれたように次から次へと恋人を替え続けた。
別れてから数ヶ月もしないうちに一人目の彼女ができ、それからの大学四年間で、彼は九人もの女を乗り換えてきた。
その一つひとつの恋は、ことごとくが周囲を騒がせるほど派手に噂になった。
分かっていた。彼はわざとやっているのだ。
そうすることで、私に復讐しているのだと。
そして今、彼は十人目の、本物の婚約者を連れて招待状を渡しに来た。
私は、自分への報いがついに訪れたのだと感じた。
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