君と夜通し見るはずだった花火第2話
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振り向くと――修司が、本来は私一人のために用意されていたはずの指輪を春菜の指にはめているところだった。
「安心しろ。あいつには触らせてない」
……いつからだったのかは分からない。
気がつけば、私が持っているものは何でも、修司はそっくり同じものを春菜にも用意するようになっていた。
泣いて責めたこともある。
どうしてただの身代わりが、婚約者の私と同じ扱いを受けるのか分からなかった。
けれど――
返事ひとつないまま過ぎていく日々の中で、必死だった気持ちも少しずつ冷えていった。
結婚指輪でさえ、最初からもう一つ用意されていた。
私はうつむいたまま指輪を外し、ためらいもなく、そのままゴミ箱に放り込んだ。
たったひとつじゃないものなんて――いらない。
……
鍵のかかったメイクルームの向こうから、春菜の美しさを褒めそやす声がかすかに聞こえてくる。
修司がわざわざパリまで飛んで、私のために手配したはずのヘアメイクチームまで、今では彼女ひとりにかかりきりだった。
私はというと、女子トイレの鏡を借りて、似合いもしないメイクを落とすしかない。
それは彼に気に入られたくて、無理に彼の好みに合わせたメイクだった。
春菜にかなり似せた――そんなメイクだった。
腕についた細い切り傷から、まだじわじわと血がにじんでいた。
病院で手当てをしてもらおうと玄関へ向かうと、執事の金田源治(かねだ げんじ)が駆け寄ってきた。
「奥様。旦那様が病院までお送りするようにと仰せつかっております」
修司は――私が血の止まりにくい体質だということを、まだ覚えていたらしい。
「……大丈夫です。一人で行きます」
そう答えたのは、ただ修司に借りを作りたくなかったからだ。
夕凪市の六月の空は気まぐれで、さっきまでの曇り空が、あっという間に雨へと変わった。
源治はもう一度深く頭を下げて言う。
「奥様。雨もですが、傷が悪化してしまっては大変でございます」
仕方なく車に乗り込んだ、その直後だった。
続いて現れた修司が、冷えきった声で言い放つ。
「降りろ。邪魔なんだよ」
修司が腕の中に抱いていたのは春菜だった。
額には細い切り傷が走っている。
私の姿を見るなり、春菜は慌てて彼の腕から降りると、遠慮するように身を引いて言った。
「私なんかが、お嬢様のお席に座るなんて……
この先に診療所がありますから、私はひとりで行けます」
おずおずとこちらを見上げた春菜の肩は、小刻みに震えていた。
――私は、何もしていないのに。
修司はやわらかい声で春菜をなだめる。
「春菜、怖がらなくていい。
俺がいる。気にする必要なんてない」
そう言った直後、修司は私に向き直って言い放った。
「お前が式で余計なクリスタル装飾なんか入れたせいで、春菜が怪我したんだ」
さらに私の腕をちらりと見て、吐き捨てるように言う。
「どうしてお前は、そんなに弱いんだ?」
その言葉に、胸の奥が大きく揺れた。
――昔も、同じことを言われた。
あのとき私は彼を庇って、全身血まみれになった。
血の止まりにくい体質のせいで、いつまでも出血が止まらなかった。
目の前で取り乱しそうになっている修司を見て、私は思わず小さな声で言った。
「私は大丈夫。泣かないで」
それでも、血はなかなか止まらなかった。
私を抱きしめたまま、修司は目の縁を赤くして、信じられないというように呟いた。
「どうしてそんなに弱いんだ……」
あのときの修司は、春菜を今にも締め上げそうなほどの目で睨みつけていた。
身代わりとしての最低限の役目すら果たせなかったことを、許せないという顔をしていた。
同じ言葉なのに――
今のそれは、私の体の弱さを責めて、邪魔者扱いするための言葉だった。
私は唇をきゅっと結び、込み上げてくる熱を押し戻すようにして、ようやく我に返った。
身をかがめて車から降りると、そのまま雨の中に立ったまま言う。
「これでいい?」
幼いころから私たちを見守ってきた源治が、見かねたように口を挟んだ。
「奥様は幼いころからお体がお弱いので、ご一緒にお送りしてもよろしいかと存じます」
修司は私を見て、低く静かな声で聞いた。
「痛いか?」
けれど次の瞬間には、その声が一変した。
「でも、それもお前のせいだ」
そう言って、一本の傘を地面に放り出した。まるで突き放すみたいに。
私は少しだけ顔を上げた。けれど涙は、音もなく雨に紛れて頬を伝っていく。
涙で滲んだ私の目に気づいたのか、修司の表情がほんの一瞬だけ揺れた。
「……もういい。やっぱり乗れ」
けれどその瞬間、春菜が絶妙なタイミングで痛みを訴え、修司の視線は一瞬でそちらへ向いた。
視線を落とすと、ちょうどメッセージが届いた。
蓮也からだった。
【今から飛行機に乗る】
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