君という名の星第3話
この話は約1481字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「瑠衣(るい)、朝ごはんできたよ。君が好きなおにぎり、つくったから」
私が出てくると、悠斗は私の手を引いて、テーブルに座らせてくれた。
私はおにぎりを手に取り、一口食べて、すぐに置いた。
食べるのをやめた私を見て、悠斗は不思議そうな顔でこっちを見た。
私はおにぎりを見つめながら、静かに言った。
「おにぎりは、甘い味付けじゃないと、食べられないの」
甘いものは、ドーパミンの分泌を促すんだって、誰かが言ってた。
だから、私は甘いものに目がない。
悠斗は一瞬きょとんとして、すぐにあわてて言い出した。
「キッチンに目玉焼きもあるよ。今持ってくるね」
私は首を横に振って、静かに言った。「ううん、いいの。時間がないから」
昨日、美緒がツイッタに投稿してた。
【やった!先輩が明日、朝ごはんを持ってきてくれるって。目玉焼きとおにぎりがいいな】
家を出ようとしたら、悠斗が私の腕を掴んだ。彼は、険しい顔をしていた。
「怒ってるのか?昨日、一緒にいてあげられなかったから?
昨日は急な仕事が入ったんだ。もう謝っただろ。
研究も大詰めなんだ。責任者の俺が、プライベートを優先するわけにはいかない。
今までずっと、君は俺の仕事を応援してくれただろ?なのに、急にどうしたんだ?」
そうだ。私たちは、ずっとこうやって過ごしてきた。
悠斗を愛してるから、私はどこまでも我慢した。
彼が忙しくて私の誕生日や記念日を忘れても、何日も家に帰らなくても、文句ひとつ言わなかった。
今の仕事が悠斗の夢だって、わかってたから。
でも、ある日、一つの研究を終えた悠斗が、会社まで私を迎えに来てくれた。
そのとき、彼のスマホがひっきりなしに鳴っていた。
いつもは「返信は面倒」って言う悠斗が、楽しそうに笑いながら、顔も上げずに夢中で文字を打っていた。
その日、私は初めて彼の口から美緒の名前を聞いた。
「面倒くさくて、ちょっと抜けてる後輩」なんだって。
そして、私も初めて知ったんだ。
悠斗は別に、返信が嫌いなわけでも、面倒なわけでもなかったんだ。
彼が自分の時間を割いてまで連絡したい相手は、私じゃなかった。ただ、それだけのことだ。
私は、悠斗の手から自分の手を引き抜いた。
感情を殺して彼を見つめる。「今まで、もう疲れちゃった。
私たち、別れ……」
最後まで言い終わる前に、悠斗のスマホが鳴った。
着信音だった。
彼は画面も見ずに、電話に出た。
「もしもし!どうした?」
悠斗は気づいてないんだろう。電話に出た彼の表情が、ふっと優しくなったことに。
電話の向こうから、美緒の甘えたような声が聞こえてきた。
「先輩、お腹すいて倒れそうです!
いつ帰ってくるんですか?私がお腹ぺこぺこになっちゃったら、先輩のせいですからね」
悠斗は、彼女を甘やかすように笑った。
「昨日、いっぱい食べたよね。もうお腹すいたのか?
わかったよ。すぐ帰るよ」
私は、フンと冷たい笑みを浮かべた。
私の気でも察したのか、電話の向こうの美緒が言った。「先輩、今度、瑠衣さんも誘って一緒にご飯でも行きましょうか。
昨日はお二人の結婚記念日でしたのに、私が彼女の星を奪って、先輩に夜食まで付き合わせてしまって……だから瑠衣さんにはちゃんとお礼をさせてください!おいしいものごちそうします!」
その言葉を聞いて、悠斗の目に気まずそうな色が浮かんだ。
スマホを持ったまま、思わず数歩あとずさった。
私はフンと鼻で笑うと、何も言わずにヒールを鳴らして背を向けた。
でも悠斗は美緒との電話を適当に切り上げると、急いで私を追いかけてきて、会社まで送ると言った。
「あの星の研究には、美緒も関わってるんだ。俺一人じゃ決められないことだった」
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