叶わない結婚式第2話
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貴也はそのギフトボックスを私に差し出した。
「株を譲ってくれたお礼だ。ご褒美だぞ」
ちらりと目をやると、それは真珠のブレスレットだ。めったに見られない高品質な真珠が連なっている。
けれど、そのブレスレットは数日前に由美の手首で光っていたものと同じだ。
つまり彼は、偽物を「ご褒美」として私に与え、お茶を濁そうとしているのだ。
私がふと笑みをこぼすと、贈り物を気に入ったと勘違いした貴也は、その場で私の手首にそれをはめようとした。
彼がブレスレットを手に取った瞬間、私は無意識にその手を避けた。
彼は一瞬呆然とし、どこか落ち着かない様子で言った。
「……気に入らなかったかい?」
私は彼の瞳の奥に潜む後ろめたさを見逃さなかった。しばらくして、静かに一言だけ返した。
「高すぎるわ」
それを聞くと、貴也は目に見えて安堵した。私を慰めようとしたその時、彼のスマホがけたたましく鳴り響いた。
画面を確認した彼は慌ててファミリークロゼットを出て、電話に出た。
繋がった瞬間、由美の急かすような声が聞こえてきた。
「貴也、早く降りてきて。待ちくたびれちゃった……」
その様子を見届けた私は、ブレスレットを無造作に引き出しの中へ放り込んだ。
それを見ていた執事の真鍋功一(まなべ こういち)は、息を呑んだ。
「洲本様、あんなに旦那様からの贈り物を大切にされていたのに、今はどうして……」
大切にしていたどころではない。貴也から贈られたものは、まるで壊れ物のように扱い、誰にも触らせないほどの宝物にしていた。
けれど、彼が由美を家に連れてくるようになってから、私に贈ったものを彼女に好きなだけ選ばせるようになった。
そのことで言い争ったこともあるけれど、彼は私を「心が狭くてわがままだ」と責め立て、由美にはもっと高価なものを買い与えていた。
貴也はすぐに電話を切り、功一から荷物を受け取ると、足早に立ち去った。
「急いでるんだ。それと、前に注文したウェディングドレスの確認を忘れないでくれ。式の準備に支障が出ないように」
去り際、彼は私を抱きしめようとしたが、私は一歩下がってそれをかわした。
彼は驚いた表情で私を見ると、何か言いかけた。だが、外で待っている由美のことが気になっているのだろう。気まずそうに手を下ろすと、使用人から受け取った上着を羽織り、慌てて家を出て行った。
私は窓辺に立ち、彼が甲斐甲斐しく由美のために車のドアを開け、満面の笑みを浮かべて車の中に乗り込む姿を眺めている。
あの車は、貴也が私にくれた初めての贈り物だった。
彼の真心を踏みにじりたくなくて、私はもったいなくて乗れず、ずっとガレージに眠らせていたものだ。
ところが、それを見つけた由美が欲しがると、貴也は二つ返事で彼女に与えてしまった。
その時、彼は私にこう言った。
「君はどうせ免許を持ってないから、宝の持ち腐れだろう。由美にあげたほうがいい。彼女の家は会社から遠いし、ちょうど通勤に使えるから。
彼女が活躍すれば、会社のためにもなるんだ。君が免許を取ったら、もっといい車を贈る」
私は、由美が車のキーを受け取り、貴也に甘えてドライブに誘う様子を黙って見つめていた。
ため息を漏らしながら、自嘲気味な笑みがこぼれた。本当は、運転免許ならずっと前に取得しており、枕元の引き出しの中にしまってあったのだ。
ただ、貴也は私に関心がないから、一度もその引き出しを開けることはなかった。
屋敷から遠ざかる車を見送った後、私はスマホを取り出し、ある場所に電話をかけた。
「以前注文していたペアリングですが、キャンセルをお願いします。
……ええ、承知しています。手数料はきちんと支払いますから」
それは元々、結婚式当日に貴也を喜ばせるために用意していたサプライズの贈り物だった。
けれど、もう必要なくなるだろう。
翌日、私は退職願を用意して会社へ向かった。
出社するとすぐに、社員たちの冷ややかな視線が突き刺さった。
それにはもう慣れていたので、平然と自分の席に着いた。
周囲のあからさまに悪い態度を見ると、由美がまた何か吹き込んだに違いない。
普段から由美は陰で私の悪口を言いふらしている。最初は放っておけばいいと思っていたが、誤解はますます深まり、下手に弁明すれば言い訳と受け取られた。今ではもう説明するのも馬鹿らしくなり、好きなように言わせている。
お茶を淹れている間に、スマホの通知が由美からのメッセージで埋め尽くされた。ゆうに99件は超えている。
中身を見なくても察しがつく。彼女と貴也の仲睦まじいツーショット写真のオンパレードに違いない。
写真の右下にあるタイムスタンプは、日付と時刻を表示している。彼女がよくもまあ一日中欠かさずに写真を撮りまくれるものだ。
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