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台風の夜、彼氏は幼なじみのもとへ第2話

この話は約1937字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

アパートに戻ると、部屋の中はしんと冷え切っていた。

浴室に入り、泥と砂がこびりついた服を脱ぎ捨てる。

傷口にお湯が当たるたび、全身が震えるほどの痛みが走った。

シャワーを終えた私は、ベッドのヘッドボードに背を預け、スマホで芽衣のSNSを開く。

また新しい投稿があった。

写真に写っていたのは、湯気の立つ味噌汁と、焼き魚や卵焼きが並んだ、ふたり分の朝食だった。背景には、キッチンで作業する透の横顔が写り込んでいる。

投稿には、【口では冷たいこと言うくせに、朝からちゃんと朝ごはんを作ってくれた。ちょっと心があったかくなった】と添えられていた。

私は自嘲気味に笑うとアプリを閉じ、救急科の主任に電話をかけた。

「主任、佐野です。来月からの離島診療所への長期派遣、まだ募集していますか?」

主任は驚いたように聞き返した。

「お前、来月、透くんと結婚するんじゃなかったのか?向こうは医師も設備も足りないし、任期は2年だぞ。勢いだけで決めていい話じゃない」

「本気です。まだ枠が残っているなら、私の名前で申請を出しておいてください」

しばしの沈黙ののち、主任が念を押すように言った。

「佐野、本当にいいのか?軽はずみに決めていいことじゃないぞ。あそこは医者も薬も足りていないし、交通の便も悪い」

「すべて覚悟の上でのお願いです。ありがとうございます、主任」

電話を切って10分も経たないうちに、芽衣は例の朝食の投稿を削除していた。

その直後、透から着信があった。

その声には、どこか疲れが滲んでいた。

「帆立、お前、昨夜いったいどこに行ってたんだよ。電話しても出ないし、メッセージも返さない。俺がどれだけ心配したか分かるか?」

「心配してたと言う割には、一晩中芽衣の家にいて、朝食まで作ってあげてたのね?」

私が冷ややかに言い返すと、透は一瞬言葉に詰まり、それから苛立ったように反論した。

「そんなふうに決めつけるの、やめてくれないか。昨日は風がひどくて、芽衣の家のベランダの掃き出し窓が割れたんだ。あいつも足を怪我してた。

俺はレスキュー隊員だ。助けを求められたら、相手が誰だろうと駆けつける。それに芽衣は、殉職した仲間の妹なんだぞ」

そのとき、電話の向こうから芽衣の声が飛び込んできた。

「あっ、透くん、熱っ!ごめんね、わざとじゃないの。おかわり、よそってあげようと思って……」

透は慌ててスマホを耳から離し、気遣うような声をかける。

「動くなよ。俺がやるから。足を怪我してるの、忘れたのか?」

それから、スマホを再び耳に戻した。

「今はそんな話をしてる場合じゃない。家で少し頭を冷やしてろよ。何でもかんでも疑うのは、もうやめてくれ」

そう言って、通話は一方的に切られた。

私は真っ暗になった画面を見つめながら、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。

その日の午後、私はひとりでタクシーを拾い、病院へ向かった。

救急科の同僚たちは、私の傷を見て目を丸くする。

「佐野先生、これ……誰かと喧嘩でもしたんですか?いったいどうして、こんなひどい怪我を?」

「台風の日に足を滑らせて、ガラスの破片で切っただけ」

私は軽く答えた。

デブリードマン、縫合、そして破傷風のワクチン接種。

午後いっぱい、長椅子に座りながら点滴を2本受けた。

夕方帰宅し、玄関の扉を開けると、ちょうど透が靴を履き替えているところだった。

活動服の上着を脱いだ彼の腕は日に焼け、逞しかった。

薬の袋を提げた私に気づくと、透は少し目を逸らしながら近づいてきて、それを受け取ろうとした。

「病院に行ってたのか?なんでひと言も言わないんだよ。何の薬をもらってきたんだ?」

私は体をかわし、彼の手が触れないようにした。

透の手は宙で止まり、その表情が曇る。

「帆立、なんだよ。そのあてつけみたいな態度は」

そのとき、彼のスマホが鳴った。

透は私の目の前で電話に出ると、急に声を柔らかくした。

「芽衣、どうした?薬はもう飲んだ?大丈夫、ちゃんと時間通りに飲めば治るって、医者も言ってただろ。うん、夜は鍵、ちゃんとかけとけよ」

私は彼の横をすり抜け、コップにぬるま湯を注ぐと、抗生剤を飲み込んだ。

電話を切った透は少し気まずくなったのか、後ろから私を抱きしめてきた。

「帆立、もう怒るなよ。昨日は本当に仕方なかったんだ。救助隊長として、市民の命や安全に関わる危険を見過ごすわけにはいかないだろ?」

彼は私の首元に顔を埋め、なだめるように優しい声で囁いた。

その体からは、甘ったるい女性用香水の香りが漂ってくる。

私は身動きひとつせず、冷たく言った。

「なんか匂いがする。シャワー浴びてきて」

透は気まずそうに腕をほどくと、不満げにこぼした。

「現場で救助活動に駆け回ってきたんだぞ。いい匂いなんてするわけないだろ……分かったよ。今から浴びてくる」

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