去る前に愛を言わないで第2話
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翌朝早く、相羽翔也(あいば しょうや)から電話がかかってきた。
「荷物はまとまった?迎えに行こうか」
ちょうど荷造りを終えた私は、離婚届をテーブルの上に置いたところだった。
「うん。午後には出られると思う」
「じゃあ、そのとき連絡して」
電話を切った直後、今度は知樹から着信が入った。
「十分以内に優奈のマンションへ来い。
来なければ、お前の父親の会社への出資は明日で打ち切る」
拒む余地も与えず、それだけ言って電話は切れた。
父の会社には、知樹の出資がどうしても必要だった。結局、私は折れるしかなく、優奈のマンションへ向かった。
優奈のマンションには何度も来ている。暗証番号まで知っていた。
玄関を開けると、知樹はベランダのそばで優奈を抱き寄せ、荒々しく唇を重ねていた。
優奈は頬を赤く染め、甘えるように知樹の胸を軽く叩いた。
「もう、こんなときに彼女を呼んでどうするの。
せっかく午前中は、もっと楽しいことができると思ったのに」
そう言いながら、優奈は勝ち誇ったように私を見た。
知樹は笑って優奈から体を離し、もう一度、軽く唇を重ねた。
「昨夜、ベッドで下敷きにしたせいで汚れたんだ。
こいつに洗わせる」
彼は横目で私を見た。私の顔に、少しでも動揺が浮かぶのを待っているようだった。
けれど、こんな場面はこの二年で何度も見てきた。今さら動揺することもなかった。
「つまり、私を呼びつけて、彼女の服を洗わせる気?」
知樹は顎を少し上げた。
「ああ。そこに並んでいるヒールも、あとで優奈が履く。きれいに磨いておけ」
優奈は知樹の腕に寄り添い、甘ったるい声で笑った。
「このドレス、知樹さんが私のために特別に作らせてくれたの。何千万円もするんだから、ちゃんと手で丁寧に洗ってね」
そのドレスは、結婚一周年のとき、知樹が私のためにデザイナーへ依頼して作らせたものだった。
完成まで、まるまる二か月かかった。
「これは白川夫人だけに贈る、世界で一着だけのドレスだ」
あのとき、知樹は確かにそう言った。
けれど今となっては、その言葉すら私だけのものではなかったらしい。
私はハサミを手に取り、裾から胸元まで一気に切り上げた。高価なドレスは、あっという間にただの布切れになった。
優奈が悲鳴を上げる。
「何してるの!このドレスがいくらするか分かってるの?知樹さんが私のために作らせてくれた、世界に一着しかないドレスなのよ!」
やはり知樹は、彼女にも同じことを言っていたのだ。
私はそのまま並べられたヒールの前に立ち、順に踏みつけていった。高価なヒールにはたちまち醜い皺が入り、もう履ける状態ではなくなった。
優奈は泣きながらこちらへ駆け寄ってきた。
「ひどい……!知樹さんが私のために選んでくれたものなのに!」
知樹はソファに腰を下ろしたまま、火のついた煙草を指に挟んでいた。煙に遮られて、その表情はよく見えない。
私は彼の前まで歩いていった。
「ドレスなら、言われたとおりにしておいたわ。もう帰ってもいいかしら」
優奈は泣きじゃくりながら、知樹の胸に縋りついた。
「知樹さん、見たでしょう?清花さん、ひどすぎる……
私、何もしてないのに。どうしてこんなことされなきゃいけないの?」
知樹の視線は、ずっと私に向けられていた。その目の奥は暗く、感情が読み取れない。
「騒ぐな。いくら欲しいんだ。あとで振り込ませる」
初めて知樹は、私にしてきたのと同じように、優奈を金で黙らせようとした。
それきり知樹が何も言わないので、私は静かに口を開いた。
「ほかに用がないなら、帰るわ」
知樹はゆっくりと煙草を灰皿に押しつけ、冷えた目で私を見上げた。
「待て。誰が帰っていいと言った?
昨日、優奈のヌードシーンの代役をしろと言ったはずだ。もう忘れたのか」
私は彼を見返した。
「嫌だと言ったら?」
知樹は鼻で笑った。
「嫌でもやるんだ。離婚したいならな」
突然、部屋に数人のボディガードが踏み込んできた。彼らは私の両腕を掴み、強引に外へ引きずり出す。
知樹は優奈の肩を抱き寄せたまま、少しも声を荒らげずに言った。
「現場へ連れていけ」
撮影現場はひどく混み合っていた。狭い部屋の中はスタッフで埋まり、息苦しいほどだった。
そして、その人だかりの向こうで、優奈だけが楽しそうに私を見ていた。
その目元には、隠しようのない挑発が浮かんでいた。
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