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去る前に愛を言わないで第2話

この話は約1746字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

翌朝早く、相羽翔也(あいば しょうや)から電話がかかってきた。

「荷物はまとまった?迎えに行こうか」

ちょうど荷造りを終えた私は、離婚届をテーブルの上に置いたところだった。

「うん。午後には出られると思う」

「じゃあ、そのとき連絡して」

電話を切った直後、今度は知樹から着信が入った。

「十分以内に優奈のマンションへ来い。

来なければ、お前の父親の会社への出資は明日で打ち切る」

拒む余地も与えず、それだけ言って電話は切れた。

父の会社には、知樹の出資がどうしても必要だった。結局、私は折れるしかなく、優奈のマンションへ向かった。

優奈のマンションには何度も来ている。暗証番号まで知っていた。

玄関を開けると、知樹はベランダのそばで優奈を抱き寄せ、荒々しく唇を重ねていた。

優奈は頬を赤く染め、甘えるように知樹の胸を軽く叩いた。

「もう、こんなときに彼女を呼んでどうするの。

せっかく午前中は、もっと楽しいことができると思ったのに」

そう言いながら、優奈は勝ち誇ったように私を見た。

知樹は笑って優奈から体を離し、もう一度、軽く唇を重ねた。

「昨夜、ベッドで下敷きにしたせいで汚れたんだ。

こいつに洗わせる」

彼は横目で私を見た。私の顔に、少しでも動揺が浮かぶのを待っているようだった。

けれど、こんな場面はこの二年で何度も見てきた。今さら動揺することもなかった。

「つまり、私を呼びつけて、彼女の服を洗わせる気?」

知樹は顎を少し上げた。

「ああ。そこに並んでいるヒールも、あとで優奈が履く。きれいに磨いておけ」

優奈は知樹の腕に寄り添い、甘ったるい声で笑った。

「このドレス、知樹さんが私のために特別に作らせてくれたの。何千万円もするんだから、ちゃんと手で丁寧に洗ってね」

そのドレスは、結婚一周年のとき、知樹が私のためにデザイナーへ依頼して作らせたものだった。

完成まで、まるまる二か月かかった。

「これは白川夫人だけに贈る、世界で一着だけのドレスだ」

あのとき、知樹は確かにそう言った。

けれど今となっては、その言葉すら私だけのものではなかったらしい。

私はハサミを手に取り、裾から胸元まで一気に切り上げた。高価なドレスは、あっという間にただの布切れになった。

優奈が悲鳴を上げる。

「何してるの!このドレスがいくらするか分かってるの?知樹さんが私のために作らせてくれた、世界に一着しかないドレスなのよ!」

やはり知樹は、彼女にも同じことを言っていたのだ。

私はそのまま並べられたヒールの前に立ち、順に踏みつけていった。高価なヒールにはたちまち醜い皺が入り、もう履ける状態ではなくなった。

優奈は泣きながらこちらへ駆け寄ってきた。

「ひどい……!知樹さんが私のために選んでくれたものなのに!」

知樹はソファに腰を下ろしたまま、火のついた煙草を指に挟んでいた。煙に遮られて、その表情はよく見えない。

私は彼の前まで歩いていった。

「ドレスなら、言われたとおりにしておいたわ。もう帰ってもいいかしら」

優奈は泣きじゃくりながら、知樹の胸に縋りついた。

「知樹さん、見たでしょう?清花さん、ひどすぎる……

私、何もしてないのに。どうしてこんなことされなきゃいけないの?」

知樹の視線は、ずっと私に向けられていた。その目の奥は暗く、感情が読み取れない。

「騒ぐな。いくら欲しいんだ。あとで振り込ませる」

初めて知樹は、私にしてきたのと同じように、優奈を金で黙らせようとした。

それきり知樹が何も言わないので、私は静かに口を開いた。

「ほかに用がないなら、帰るわ」

知樹はゆっくりと煙草を灰皿に押しつけ、冷えた目で私を見上げた。

「待て。誰が帰っていいと言った?

昨日、優奈のヌードシーンの代役をしろと言ったはずだ。もう忘れたのか」

私は彼を見返した。

「嫌だと言ったら?」

知樹は鼻で笑った。

「嫌でもやるんだ。離婚したいならな」

突然、部屋に数人のボディガードが踏み込んできた。彼らは私の両腕を掴み、強引に外へ引きずり出す。

知樹は優奈の肩を抱き寄せたまま、少しも声を荒らげずに言った。

「現場へ連れていけ」

撮影現場はひどく混み合っていた。狭い部屋の中はスタッフで埋まり、息苦しいほどだった。

そして、その人だかりの向こうで、優奈だけが楽しそうに私を見ていた。

その目元には、隠しようのない挑発が浮かんでいた。

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