去る前に愛を言わないで第3話
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「この作品、少しきわどいシーンがあるの。本当は受けるつもりなんてなかったんだけど。
でも知樹さんが、私が嫌なら清花さんにやらせればいいって」
知樹は軽蔑するように私を一瞥した。
「少し肌を晒すだけだろ。お前が嫌がるほどのことか。
それに、その体を見たがるやつなんていない。優奈を人前に晒すくらいなら、お前がやれ」
あまりの身勝手さに、怒る気さえ失せた。
監督が苛立ったように急かすと、優奈はそばにいたスタッフへ目配せした。相手はすぐに私へ近づき、乱暴にシャツを引き剥がした。
優奈は得意げに笑った。
「清花さん、これは今さっき追加されたシーンなの。襲われる役だから、あまり動かないでね。うまく撮れなかったら、また撮り直しになっちゃうから」
次の瞬間、体格のいい男たちが私にのしかかってきた。無遠慮な手が、乱れた服の隙間から入り込もうとする。
「離して!」
必死に押し返しても、男たちはますます調子に乗った。
「今さら何を恥ずかしがってんだよ。白川社長にもろくに相手にされてないって聞いたぜ」
「優奈さんが相当怒っててさ。わざわざ白川社長に頼んで、この場面を足してもらったんだよ。こっちもちゃんとやらないとな」
怒りで頭が真っ白になった。
どこにそんな力が残っていたのか、自分でも分からない。私は男を突き飛ばし、近くにあったペットボトルを掴むと、優奈の頭から一気に水を浴びせた。
「人を辱めるのがそんなに好きなら、あなたも少しは味わえばいい」
冷たい水が優奈の髪を伝って流れ落ち、白いワンピースは一瞬で肌に張りついた。胸元が透け、現場にいた人間の視線が一斉に集まる。
知樹の目がすっと細められた。
次の瞬間、知樹はスーツの上着を脱ぎ、優奈の肩にかけていた。
パシン、と乾いた音が響いた。
迷いのない平手打ちが、私の頬に飛んできた。
「誰であろうと、こっちを見たやつは明日からこの街にいられないと思え。
優奈の写真が一枚でも流れたら、撮ったやつも流したやつも、全員ただじゃおかない」
知樹が私を見る目には、少しの温度もなかった。
「優奈は芸能人だ。こんな姿を撮られて、変な写真でも出回ったら、どれだけ取り返しがつかないか分かっているのか。
今すぐ優奈に謝れ。お前のせいで優奈が怖がって仕事に支障でも出たら、ただじゃ済まさない」
優奈は知樹の腕の中に身を寄せ、勝ち誇ったようにこちらを見ていた。
襟元が少し濡れただけで、知樹はあれほど必死になる。なのに私は、ヌードシーンの代役として大勢の前に立たされ、体に触れられても、彼は冷ややかに見ているだけだった。
私はまっすぐ知樹を見た。自分でも不思議なほど、気持ちは冷めきっていた。
「先にあんなふうに仕掛けてきたのは、そっちでしょう」
「謝れと言っている」
「絶対に謝らない」
知樹の目が冷たく細められた。
「そうか。なら、その格好でいろ。誰もこいつに何も貸すな」
その一言で、周りにいた人間は誰一人として動かなくなった。
嘲るような視線だけが、遠巻きに私へ向けられる。
私は部屋の隅にしゃがみ込み、破れたシャツを胸元にきつく抱えたまま、震える手でスマホを取り出した。
電話をかけてから、そう待たずに済んだ。
ほどなくして、撮影現場の外にロールス・ロイスが停まった。
花束を抱えて現れた翔也は、私の姿を見るなり息を呑んだ。手の中の花束が、床に落ちる。
「何があった?」
私は震えたまま、翔也の胸元へ逃げ込んだ。
「助けて。離婚したいの」
……
その夜、優奈に付き添ってパーティーに出ていた知樹は、帰り際に父から電話を受けた。
「白見原の相羽家?あそこの跡取りが、どうしてうちに話を持ってくるんだ」
そばで聞いていた優奈の目が、ぱっと輝く。
「仕事の話なんじゃない?
すごいじゃない。相羽家に目をかけられたら、白川家だって一気に格が上がるわ」
その言葉に、知樹の表情も少し緩んだ。
「明日、手土産を用意して相羽家へ行く」
翌朝早く、知樹は白川家の面々とともに相羽家を訪れた。
手土産を置き、翔也に挨拶をしようとしたそのとき、知樹の目に、彼の隣に座る女の姿が映った。
私は離婚届をテーブルの上に放った。
「これでようやく、離婚の話をする時間ができたかしら?」
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