和紙文十年の献身に、永遠のさよならを · 第1話設定≡

十年の献身に、永遠のさよならを第1話

この話は約4551字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「柊さん。保護動物の救助活動は世界中を飛び回ることになります。家に帰る機会も少なくなるから、家族の理解が必要不可欠ですが、問題はありませんか?」

柊初音(ひいらぎ はつね)は一瞬言葉に詰まり、静かに答えた。

「私には、家族がいません」

会議室が、一瞬静まり返った。

「それなら……恋人の理解は得られているのですか?」

初音は少し沈黙し、脳裏に神崎蒼介(かんざき そうすけ)の冷ややかで気品のある顔を思い浮かべ、首を振った。

「いません」

面接官たちは目配せをし合い、最後に笑顔で手を差し出した。

「そういうことなら、歓迎します。七日後に出発です。最初の赴任先は南の果てにある大陸になります」

初音は頷いて礼を言い、面接会場のビルを出た。向かいの商店街にある巨大な街頭ビジョンでは、西園寺夏帆(さいおんじ かほ)の告白動画が繰り返し流れていた。

「蒼介、大好きだよ!」

画面の中の女性は華やかで自己主張が強く、満面の笑みを浮かべていた。

通りすがりの人々は次々と足を止め、感嘆の声を漏らしていた。

「西園寺グループのご令嬢と神崎社長、本当にお似合いね!」

初音は人ごみの外に立ち、突然、涙が出そうになるほど日差しが眩しいと感じた。

確かにお似合いだ。

高校すら中退した孤児の自分なんかより、ずっと。

* * *

「柊さん。保護動物の救助活動は世界中を飛び回ることになります。家に帰る機会も少なくなるから、家族の理解が必要不可欠ですが、問題はありませんか?」

柊初音(ひいらぎ はつね)は一瞬言葉に詰まり、静かに答えた。

「私には、家族がいません」

会議室が、一瞬静まり返った。

「それなら……恋人の理解は得られているのですか?」

初音は少し沈黙し、脳裏に神崎蒼介(かんざき そうすけ)の冷ややかで気品のある顔を思い浮かべ、首を振った。

「いません」

面接官たちは目配せをし合い、最後に笑顔で手を差し出した。

「そういうことなら、歓迎します。七日後に出発です。最初の赴任先は南の果てにある大陸になります」

初音は頷いて礼を言い、面接会場のビルを出た。向かいの商店街にある巨大な街頭ビジョンでは、西園寺夏帆(さいおんじ かほ)の告白動画が繰り返し流れていた。

「蒼介、大好きだよ!」

画面の中の女性は華やかで自己主張が強く、満面の笑みを浮かべていた。

通りすがりの人々は次々と足を止め、感嘆の声を漏らしていた。

「西園寺グループのご令嬢と神崎社長、本当にお似合いね!」

初音は人ごみの外に立ち、突然、涙が出そうになるほど日差しが眩しいと感じた。

確かにお似合いだ。

高校すら中退した孤児の自分なんかより、ずっと。

……

初音はゆっくりと目を閉じると、気がつけば十六歳のあの凍えるような冬の夜に戻ったかのような錯覚に陥っていた。

それが、彼女と蒼介の初めての出会いだった。

あの時、彼女は深夜のコンビニのアルバイトを終えたばかりの帰り道で、遠くの橋の上に一人の少年が立っているのを見かけた。

彼は本当に綺麗な顔立ちをしていて、月明かりに照らされた横顔すら驚くほど美しかった。しかし次の瞬間、彼は凍てつく川へと身を投じたのだ。

彼女は何も考えず、後を追うように川へ飛び込んだ。

川の水は無数の針のように骨まで突き刺さったが、彼女は彼の服の裾を死に物狂いで掴み、必死に岸へと泳いだ。

彼が神崎蒼介という名前だと知ったのは、後になってからだった。

両親が交通事故で亡くなった後、親戚に遺産を不当に奪われ、家から追い出されたという。かつて周囲からちやほやされていたエリートの少年は、全てを失って自ら命を絶とうとしたのだ。

彼女は彼を自分の家に連れ帰った。わずか四畳半の狭いアパートで、二人で身を寄せ合うことになった。

「どうせ成績も悪いし、高校はもう中退する。これからは私が働いて、あんたの学費を稼ぐから」

彼女はコンビニの安い給料を数えながら彼に言った。

「あんたは勉強だけ頑張ってくれればいいのよ。私が養ってあげる」

彼は目を赤くして、なぜそこまでしてくれるのかと尋ねた。

彼女は笑ってごまかした。

「誰かが命を投げ出すのを見るのが、一番嫌いなだけ」

それは嘘だった。

本当は、月明かりの下で涙を流す少年の姿が、孤児院でいじめられても声を出して泣けなかったかつての自分自身にそっくりだったからだ。

それからの日々、彼女は独楽のように働き続けた。

早朝まで新聞配達をし、昼間はファミレスで働き、夜はコンビニのレジに立った。

蒼介の成績はどんどん伸びていったが、彼女の胃炎は悪化する一方だった。一度、激痛で血を吐いたことがあったが、彼女はこっそり袖で拭き取り、彼の復習プリントの整理を続けた。

彼が難関大学に合格した日、初音は体に負担のかかる危険な治験のアルバイトに参加して稼いだお金で、彼に人生初となるスーツを買ってあげた。

大学の入学式で、蒼介は春の陽射しを浴びて輝いていた。彼女は一番後ろの席の隅で、馬鹿みたいに泣きじゃくった。

その後、彼は起業に成功し、会社は株式上場を果たした。

彼女は会社のビルの下にある隅に立ち、彼が記者たちに囲まれる様子を見つめていた。オーダーメイドのスーツを着こなし、堂々とインタビューに答える彼は、あの絶望して川に飛び込んだ少年とは別人のようだった。

その瞬間、初音は突然悟った。二人の距離は、もはやお互いの姿が見えないほど遠く離れてしまったのだと。

夏帆が現れたのは、ちょうどその頃だった。

彼女は家柄も良く、容姿も端麗で、蒼介の隣に立つと眩しいほどにお似合いだった。

蒼介が夏帆のために車のドアを開けるのを見たり、夏帆から贈られたプレゼントが彼のデスクに大切に飾られているのを見たりした。さらに、彼が夏帆の写真を見つめながらぼんやりしているのをこの目で見てしまった……

その日、初音は一晩中眠れず、書斎で彼が十六歳の時に書いてくれたメモを見つけた。

【初音、大人になったら絶対に幸せにするからな】

メモはすでに黄ばんでいたが、文字はまだはっきりと読めた。

彼女はそれをそっと引き出しに戻した。まるで、支え合って生きてきたあの歳月を、永遠に記憶の中に封じ込めるかのように。

彼女は、自分が去るべき時が来たと理解した。

去る前に、心の底に十年間秘めていたあの言葉を彼に伝えるつもりすらなかった。

蒼介、好きだよ。

以前は彼の邪魔になるのが怖くて言えなかった。今は言えない。なぜなら、二人はもう住む世界が違うからだ。

突然、スマートフォンの着信音が鳴り、彼女の思考を遮った。

「どこにいる?」

電話越しに聞こえる蒼介の声は、特有の冷ややかさの中に、珍しく微かな優しさを帯びていた。

「前、フレンチに行きたいって言ってただろ。今日は時間が空いたから迎えに行く」

初音はスマートフォンを握る指に、わずかに力を込めた。

断ろうと思ったが、これが二人きりで過ごす最後になるかもしれないと思い、最終的には小さな声で答えた。

「わかった」

二十分後、黒の高級車がゆっくりと道端に停まった。

窓が下り、蒼介の彫りの深い顔が現れた。

今日の彼はダークグレーのスーツを着ており、金縁眼鏡の奥の瞳は霜のように冷ややかだったが、彼女を見た時だけわずかに和らいだ。

初音が車のドアを開けようとしたその時、助手席に座る夏帆の姿が目に入った。

彼女は今日、クリームイエローのワンピースを着ており、首を傾げて初音に微笑みかけた。

「初音さん、こんにちは」

「あのレストランは、夏帆の家が経営する系列店でね」

蒼介が説明したが、その声は感情を読み取れないほど平坦だった。

「だから、一緒に来たんだ」

初音は一瞬沈黙したが、結局何も言わず、静かに後部座席に乗り込んだ。

車内には夏帆の香水の匂いが充満していた。初音は窓の外の飛ぶように過ぎ去る景色を見ながら、何年も前のことを不意に思い出した。あの時も、彼女は蒼介の自転車の後ろに乗り、夕日の中で長く伸びる彼の細い背中を見つめていたのだ。

「着いたぞ」

蒼介の声が現実に引き戻した。

レストランの内装は豪華で、クリスタルのシャンデリアが眩しい光を反射していた。

蒼介は手慣れた様子でテーブルいっぱいの料理を注文したが、それは全て夏帆の好みの料理だった。

「蒼介、このエビ、すごく美味しい」

夏帆が甘えた声で言った。

蒼介は優雅な動作でエビを夏帆の皿に乗せた。

彼の表情は穏やかだったが、初音は十六歳のあの年、彼が自分のためにもこうして取り分けてくれたことを思い出していた。

あの頃の二人は、カップラーメンすら分け合って食べるほど貧しかった。彼女が高熱を出した時、蒼介はこっそり市場へ走り、一ヶ月貯めたアルバイト代でエビを買ってきてくれたのだ。

「初音、口を開けて」

少年は目を赤くし、震える手で彼女のためにエビを剥いた。殻で指先を切って血が滲んでも全く気にかける様子もなく、ただ意地になったように、たった一つのエビの身を彼女の口元に運んだ。

「お前の熱が下がったら、毎日料理を作ってやるからな」

彼女は涙を浮かべながらそのエビを飲み込んだことを覚えている。塩辛い涙とエビの甘みが混ざり合い、人生で最も忘れられない味になった。

だが今、かつて彼女のためにエビを剥いてくれたその手は、別の女性のために優しく尽くしている。

会計の際、店員が笑顔で言った。

「本日はキャンペーン中でして、指定のハッシュタグをつけてカップルのお写真をSNSに投稿していただくと、当店の限定ペアリングをプレゼントしております」

夏帆は目を輝かせ、蒼介の袖を引っ張って揺らした。

「蒼介、撮りに行こうよ!私、あの指輪が欲しい!」

蒼介は初音をちらりと見たが、初音は顔を背け、見ないふりをした。

「わかった」

彼は最終的に承諾した。

初音は元の席に座ったまま、二人が店内にあるフォトスポットの前に歩いていくのを見ていた。

一枚目、夏帆は蒼介の腕に絡みつき、彼の肩に寄りかかった。

二枚目、蒼介は片手で彼女の腰を抱き寄せた。

三枚目、夏帆は背伸びをして、彼の顔に顔を近づけ……

初音は手に持っていたナプキンをきつく握りしめた。胸が締め付けられるように痛い。

平然と受け入れられると思っていたが、実際に二人の親密な様子を目の当たりにすると、やはり心臓を鈍いナイフで少しずつ切り裂かれているようで、息ができないほど痛かった。

最後の一枚は、キスをする必要があった。

初音はこれ以上見ていられず、立ち上がって立ち去ろうとしたが、突然ドーンという轟音が聞こえた。

フォトスポットの巨大なパネルが、何の予兆もなく倒壊したのだ。

初音が反応する間もなく、重い装飾の壁が彼女に向かって倒れてきた。額から激痛が走り、鮮血が頬を伝って流れ落ちた。

霞む血の色の中で、彼女は蒼介が初音うことなく夏帆を胸に抱き寄せ、自分の体で夏帆をすべての危険から守っているのを見た。

夏帆は無傷のまま彼に抱きしめられていた。まるで、かけがえのない宝物のように。

初音は冷たい床に横たわり、鮮血が体の下に広がっていく。

彼はやっぱり……夏帆のことが好きになったんだ……

それでいい。

自分が去った後も、彼のそばには少なくとも寄り添ってくれる人がいるのだから。

もう十六歳のあの年みたいに、絶望して孤独になることはない。

そして自分も、これで完全に手を引くことができる。

暗闇に沈む直前、初音はそっと目を閉じた。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)