十二年間、私は養女だと騙されていた第3話
この話は約1699字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
靴を履いて出ようとすると、背後から佳代が付け加えた。
「詩織、自分の留学用品はもう少し待ってね。今月は美羽の入学準備で出費が多いから。ビザが下りてから考えましょう」
佳代に背を向けたまま、私はドアノブに手をかけた。
「分かった」
ビザセンターでは2時間待たされた。
書類を提出すると、結果が出るまで7日から10営業日ほどかかると言われた。
礼を言って建物を出ると、歩道には強い日差しが降り注いでいた。
スマホが震えた。美羽から届いた商品ページだった。
白いクッション入りのランニングシューズ。値段は8400円。
6000円までと言われたのに、美羽が選んだのは8400円の靴だった。
差額の2400円は、私が出すと分かっているからだ。
いつもそうだった。
佳代が予算を6000円と決め、美羽はそれより高いものを選ぶ。足りない分は私が払う。佳代は尋ねず、美羽も口にしない。
それが何年も繰り返されてきた。
ショッピングモールに入り、売り場で商品番号を伝えた。
店員は、色あせた私のTシャツと、縁の擦り切れたキャンバススニーカーを見た。
それから、私が買おうとしている真新しい靴に目を移した。
「ご自分用ですか?」
「人に頼まれたものです」
「そうですか」
会計を済ませ、袋を提げて通りかかった旅行用品売り場に、機内持ち込み用のスーツケースが並んでいた。
セール品で、7600円のものが3800円になっている。
私は売り場の前に10秒ほど立ち止まった。
それから中へ入った。
「これをください」
留学のために、自分のために買った初めての品だった。
家へ帰ると、美羽は私の手から靴箱を奪うように受け取り、すぐに開けた。
「わあ、この靴!やっぱりお姉ちゃん、分かってる!」
新しい靴に履き替えてリビングを一周すると、鏡に向かってポーズを取り、写真を撮った。
「ありがとう、お姉ちゃん。いくらだった?お母さんから送ってもらうよ」
「6000円」
私が足した2400円には触れなかった。
これまでのすべてと同じように。
スーツケースはベッドの下のいちばん奥に隠し、古い服をかぶせておいた。
……
ビザを申請して3日目、家に客が来た。
佳代の妹で、私が叔母さんと呼んでいる小林美智子(こばやし みちこ)だった。
入ってくるなり、赤い包装紙に包まれた大きな箱を美羽に押しつけるように渡した。
「美羽ちゃん、難関国立大に受かったんだって?叔母さんから入学祝いよ。早く開けてみて」
中に入っていたのは、小さな四つ葉のクローバーが揺れる銀のブレスレットだった。
美羽は日の光にかざし、目を細めて笑った。
「叔母さん、ありがとう。すごくかわいい!」
美智子は美羽の頬を軽く撫でた。
「うちの自慢の大学生だもの。いちばんいいものを持たなくちゃね」
それからようやく、私に目を向けた。
「詩織ちゃんもいたのね」
「こんにちは、叔母さん」
「詩織ちゃんも、いい大学に受かったんでしょう?海外だったかしら」
佳代が横から答えた。
「ええ。この子が自分で申し込んだの。私たちは海外のことなんて分からないから」
美智子は「あら、そう」と笑っただけで、それ以上は尋ねなかった。
ソファに腰を下ろしてしばらく佳代と話していたが、二人の声は次第に小さくなった。
私はキッチンで果物を切っていた。扉は半分閉まっていたものの、話は一言残らず聞こえた。
「お姉ちゃん、詩織ちゃんの留学費用はどうするの?家で出せるの?」
「家のお金はいらないって。奨学金で全部賄えるそうよ」
「全部?あの子、本当に……よく頑張ったのね」
美智子はそこで言葉を切った。
「でも考えたことある?海外へ出て、そのまま家と縁を切られたらどうするの?」
「そんなことしないわ」
佳代はきっぱりと言った。
「詩織は昔から聞き分けがいいもの。恩を忘れるような子じゃないわ」
「でも……実の娘なんでしょう。遠い海外へ行けば、こっちの目も届かない。いつか家族だと思えないなんて言い出したら――」
「ありえないわ」
佳代が硬い声で遮った。
「正孝と私が12年も育てたのよ。あの子だって分かってる。それに、一度だって反抗したことがないのよ」
「だからこそ、少し怖いのよ」
美智子がティーカップを置き、さらに声を落とした。
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