十二年間、私は養女だと騙されていた第1話
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6歳のとき、交通事故ですべての記憶を失った私・水野詩織(みずの しおり)は、身寄りのない子どもになった。
けれど幸運にも、心優しい夫婦に引き取られた。
その日から私は、この家でいちばん聞き分けのいい子になった。
妹を大切にしなさいと言われれば、何でもいちばんいいものを譲った。
勉強を頑張りなさいと言われれば、ずっと学校で首席を取り続けた。
いい子でいなさいと言われれば、自分から家事を引き受け、少しの失敗もしないよう気をつけた。
それなのに、妹はいつも不思議な目で私を見ていた。
嫌われているのだと思い、また捨てられないよう、私はますます顔色をうかがうようになった。
大学入試を終え、留学ビザの手続きに必要な戸籍関係の書類を取り寄せたときのことだった。
窓口の職員は端末を何度も確認したあと、怪訝そうに私を見上げた。
「水野詩織さんの出生届に記載されているご両親は、水野正孝さんと佳代さんです。戸籍が変更された記録もありません」
私は初めから、孤児などではなかった。
12年間、恩を返さなければと必死に生きてきた日々は、すべて両親が仕組んだ嘘の上に成り立っていた。
書類を閉じると、不思議なほど心が静まった。
両親が用意した筋書きの中で、私は血のつながらない養女なのだ。
ならば、よそ者の私が出ていくのに、誰かの許しを得る必要もない。
* * *
「お姉ちゃん、おかえり。ご飯なら残してあるよ。自分で温めてって、お母さんが」
水野美羽(みずの みう)はキッチンの入り口にもたれ、半分ほど残ったチョコレートアイスを手にしていた。表面のチョコがひとかけ、床に落ちた。
私は靴を履き替えると、かがんでそれを拾い、ゴミ箱に捨てた。
「うん。もう食べてきた」
本当は何も食べていなかった。役所を出てから、道沿いのベンチに3時間も座っていた。
「そっか」
美羽はアイスをひと口かじり、私の顔をしばらく見つめてから目をそらした。
あの目だった。
12年間、何度も向けられてきた目。
昔は嫌悪だと思っていた。そのうち同情なのだと思うようになった。けれど今なら分かる。
後ろめたかったのだ。
美羽は知っていた。
ずっと前から、すべて知っていた。
「お姉ちゃん、今日はどこに行ってたの?」
「ビザの書類を取りに」
「留学の?お母さん、海外の大学に受かったのはすごいけど、学費まではうちじゃちょっと……って言ってた」
美羽は食べ終えた棒をシンクに放り込み、水も流さなかった。
「家から出してもらう必要はないよ」
私は平坦な声で遮った。
「奨学金で全部賄えるから、家のお金は一円も使わない」
美羽は何か言いたそうに口を開いたが、そのとき玄関のドアが開いた。
母の水野佳代(みずの かよ)が大きな買い物袋を両手に提げて入ってきた。私を見ると、にこりと笑った。
「詩織、おかえり。ご飯は?」
「食べたよ」
「ちょうどよかった。これ、仕分けるのを手伝って。美羽が大学で使うノートパソコンや文房具、それから通学用のバッグなんかを買ってきたから、まとめておいてくれる?」
床に広げられた二つの袋の中身は、どれも美羽の大学生活のために用意されたものだった。
新しいノートパソコン、革張りの手帳、ブランド物のペンケース、通学用のトートバッグ、アルファベットの「L」が刺繍された化粧ポーチ。
私は品物を仕分け、畳めるものは一つずつ整えて、スーツケースに隙間なく詰めていった。
隣では、佳代がスマホで借りる予定の部屋の写真を見せながら、美羽と小型扇風機も必要か相談していた。
私の荷物については、誰も何も言わなかった。
いつ出発するのか、どの街に行くのか、どこに住むのかと尋ねる人もいなかった。
「そうだ、詩織」
佳代がふいに顔を上げ、天気の話でもするような口調で言った。
「海外へ行っても、ちゃんと家に連絡してね。血はつながっていなくても、これだけ長く育ててきたんだもの。お父さんも私も、あなたを家族だと思ってるから」
服を畳んでいた手が、一瞬止まった。
血はつながっていない。
佳代は、暗記した台詞を読み上げるようによどみなく言った。
12年間、何度聞かされただろう。
私が試験で一位を取るたび、佳代は言った。
「本当によく頑張ったわね。育てた甲斐があったわ」
美羽と意見がぶつかるたびにも言われた。
「あなたはお姉ちゃんでしょう。それに、私たちが引き取って育ててあげた恩を忘れないで」
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